もちろんアタクシのような人間に、中世の歴史をウンヌンする資格も知識も度胸もないわけですが、興味(あるいは覗き根性)ぐらいはあるんで、おおさっぱな解説を試みてみましょう。
記事:Baston chez les médiévistes autour de l'apport de l'islam /イスラム世界の貢献をめぐって中世専門家の間に抗争
リヨンのENS(昔風にいうと高等師範)の中世研究者、シルヴァン・グーゲンハイム(仏語発音が不確かなのでこれで失礼;Sylvain Gouguenheim)先生(十字軍が専門らしいです)が、この3月6日、Aristote au Mont-Saint-Michel : Les racines grecques de l'Europe chrétienne という本を出した。荒訳すると、モンサンミッシェルのアリストテレス:キリスト教ヨーロッパのギリシャ根源、となるか。アマゾンのエディター(ソイユ)がつけた紹介文アタマだけコピペ。
On considère généralement que l'Occident a découvert le savoir grec au Moyen Âge, grâce aux traductions arabes. Sylvain Gouguenheim bat en brèche une telle idée en montrant que l'Europe a toujours maintenu ses contacts avec le monde grec. Le Mont-Saint-Michel, notamment, constitue le centre d'un actif travail de traduction des textes d'Aristote en particulier, dès le XIIe siècle...
となる。アラブ語訳を介してギリシャの知が中世ヨーロッパに導入されたとするこれまでの考えに反して、ヨーロッパはつねにギリシャ文化とのつながりを維持していたし、特にモンサンミッシェルは12世紀以降アリストテレスを中心とするギリシャ文献翻訳のメッカとなっていた。。。また、当時のイスラム社会におけるヘレニザシオン(つまりギリシャ化ですか)はアラブ・キリスト教徒によって促進されており、ヨーロッパ世界の根源はギリシャであり、イスラム世界の根源はギリシャにあらずウンヌン。
まずル・モンド・リーブルで哲学者・評論家の Roger-Pol Droit が批評を書いた。別サイトに転載された記事:Et si l’Europe ne devait pas ses savoirs à l’islam ? (Le Monde, 4 avril 2008) /そして、もしヨーロッパがイスラムにその知を負っていないとしたら?この著作を、勇気ある試みだと評価してるですね。
次は、フィガロがブノワ(ベネディクト)16世まで引き出して、本著マンセー:Les tribulations des auteurs grecs dans le monde chrétien
ここでフランスには600人いるらしい、中世学者さんたちの中から“歴史修正主義”じゃん、と声があがる。中世哲学専門アラン・ド・リベラはテレラマで、モンサンミッシェル名物のオムレツまで登場させて(はは)反発:Landerneau terre d'Islam, par Alain de Libera Gabriel Martinez-Gros (パリ8) と Julien Loiseau (モンペリエ3)先生は、イベリア半島における数学・天文学・占星術主要テキストのアラブ語からラテン語への翻訳が、その後のヨーロッパ科学の基礎を準備したことを忘れている、とカウンターアタックした。著者には政治的意図があるんじゃないか、とも疑っています。ル・モンド:Une démonstration suspecte
ここらへんから(ご想像はつくかと思われますが)議論は中世学専門家ばかりではなく、出版数ヶ月前に当書の抜粋が極右ブログに掲載されていた事実もあって、“文明の衝突”や“国家アイデンティティと移民とナントカ(忘れた)省”も絡め、転向歴史愛好者マックス・ギャロ(フランス・キュルテュール)やアスーリン(L'affaire Aristote, cronique d'un scandale annoncé)はもちろん、右も左もカト教系もイス教系も巻き込んだ論争にまで発展しちゃった。とっくにゴッドウィン・ポイントまで行きついた模様。
なお著者自身はル・モンドインタヴューで、“私の意図ではない事柄を批判されても困る”といった内容のこと言ってますね:"On me prête des intentions que je n'ai pas"
まだまだ、いろいろリンクあるんですが、疲れたので省略。詳しくは元記事をご覧ください。
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まあ、この論争のおかげで本が売れるかも知れない(確かに;現在アマゾンで書籍売り上げ22位)。いや、出版者が意図して論争をあおったのかもしれない。いや、プレスも論争/話題がないと困る。いや、論争にのって自分を売りたい人物もいる。いや、出口なしの現在状況では“格闘”がガスヌキとして機能しているのだ。いや、パラダイムチェンジの折り目では議論が活発化するのは当然であるetc.etc...
また、ギリシャ→ラテン→カトリック=ヨーロッパ、という言説は、これも論争をかもし出した現教皇のディスクールを思い出すわけです。けど、音楽とか考えると、文化というのはつねに他文化との接触と交流を通じて発達する、と歴史家の教えを待たずとも勝手に確信しちゃうんですけれども、どこでも流行りは美しい国自己独立発展論なんでしょうかねえ。困ったもんだ。。。。とにもかくにも、時代は変わるよ。