昨日、ジョージ・クルーニーが共同制作人の一人、同時に俳優としても出演するSyriana /シリアナを観てきた。この映画、通常映画館に行く習慣のない人も見るべし。オイル・ビジネスと中東ジオポリ状況に関する多少の知識がないと、やたらストーリーがこんがらかった単なるスパイ・アクションものという印象で終わってしまうかもしれない。けれど、この映画がコンプレックス/複雑、なのはわれわれが生きているこの時代が複雑であるからなのだよ、ワトソン君。TVと単純明快なアクション映画やゲームで飼いならされた私は、映画が始まってからしばらくは目の前のジグゾー・パズルのpiecesを眺めるばかりなのだった。いやその前にゲームは始まっている。いつものように映画はワーナー・ブラザースのトレードマークからはじまるわけだが、かぶる音は紛れもない“アッラー・アクバル”の、あのレクターの祈りの声なのだ。
ストーリー
・CIAエージェントのボブ(クルーニー)はかつてテヘラン、ベイルートでのミッションに当たったベテラン。リタイヤを考える彼は“犯罪者”プリンス・ナシールの暗殺指令を受ける。
・ジュネーブの企業に席をおく米人エキスパット、ブライアン(マット・デイモン)はアナリスト。招かれたアラブ首長のレセプション会場で息子が事故死を遂げる。これを機会に首長国王の息子(ナセール)の顧問となる。
・首長国で父親と共に移民労働者として働くパキスタン少年ワシームは、米石油会社のM&A(合併)の結果解雇される。
・アフロアメリカンの弁護士ベネットは巨大M&Aに関する調査を依頼される。非合法企業活動の証拠を発見するが、、
・プリンス・ナセールは自国の富が王族の浪費によって雪の解けるごとく(砂の山が崩れるように、の方が適切かも、)消え去る現実に耐え切れず、これまでの米石油会社との契約を解除、中国企業と契約を結ぼうとするが、、
監督・脚本・配役・原作
監督・脚本は、南米でのナルコ・トラフィックを映画化したソバーバーグ監督の映画Traffic(残念ながらこれは見ていない)のシナリオを書いたスティーブン・ギャガン。プリンス・ナシール役はアレクサンダー・シディッグと少年ワシーム役のワズハール・ムニールはともにイギリス俳優。今回の映画のため、それぞれアラブ語の特訓を受けたそうだ(もちろんクルーニーも)。なお、ソバーバーグも製作者のひとりだ。また、この作品の原作はRobert Baer の See No Evil : The True Story of a Foot Soldier in the CIA's War on Terror。
アネクドット
これはもうたくさんありすぎる。困ったな。オーシャンズ11と12で 8.13億ドルの収益を上げ、同時に映画制作チームを得たクルーニーは、ソダーベルグとセクション8を立ち上げ映画制作に乗り出す。このビジネス・プランのベースは「自分達が見たい映画を作る」ことだ、メッセージを伝えるのが目的ではない。エンターテイメントとしてより多くの観客への「疑問提出」が目的だという。ル・モンドへのインタヴューでは、今は自分の名声で金も観客も集まる。これは長く続くわけはないが、続く限りはこの状況を利用するつもり、、と語っている。
なお、アフリカ・中東やアジアで見かけるNGO要員やジャーナリスト的風貌の疲れた西欧人・CIAエージャント役は当初ハリソン・フォードを想定したが、フォードは“アンチ・パトリオット”と見られることを嫌いオファーを断ったのだそうだ。結果、一ヶ月パスタを食べ続け15キロ以上太って顎鬚も蓄えたジョージ・クルーニーが演じている。私はTVシリーズ“ER”のファンだったわけだが、あの上目使いでニンマリ笑うセクシなジョージを見に行くとかなりガックリするのですよ。なお、かなり恐い拷問シーンでは背骨を痛め手術まで受けたとか、、この作品の制作費が50ミリオン$以内ですんだのも、クルーニー・デイモンはじめチームの俳優人・映画人が、法外なギャラを要求するハリウッド・システムとは違った論理で動いているから。ここでのクルーニーの熱意は並ではない。
また腕利き弁護士ベネット(ジェフリー・ライト)、どうもハンフリー・モーガンとかのアフロ・アメリカンのヒーローぶりに慣れてしまったせいだろう、映画の途中、おおこの人が国家の悪を暴くのね、、とか思ってしまったのだがこれ大きな間違い。マット・デイモンが演ずるアナリストのナイーヴさと狡猾の錯綜する性格も近代ビジネスマンの矛盾をよく描き出してると思う。
なお、この映画『父と息子』というテーマも、横の線として張り巡らされている。主演はいない。あえて言えば、中東とテキサス、かあるいはシナリオ自体だな。話の組み立てはスパイものの構造を持ってるが、映像の方はかつての《Xファイル》などのTVシリーズ的、ベイルートでのシーンはハンドカメラでドキュメンタリー感を出している。なおベイルートとテヘランのシーンはカサブランカで撮影。中東のシーンはドバイで撮られた。ワシントンの《イラン民主化コミッティ》風景など、こりゃ米人でなければ撮れませんね。(たとえばフランス人が撮ったらとたんに外交問題になりますでしょ。)
圧巻は最後のドローン(無人偵察機)を使った車両攻撃だ。(2002年以来CIAはこういった攻撃を中東・中近東・アフガニスタン・パキスタンで繰り返している。) 他にも、ベイルートのヒスボラはどうやって人質をとり、拷問を行うか。カザキスタンの天然ガス・パイプラインの話、ブラックホールなイスラエルに関する話はまったくなし、ユダヤ系資本はシカゴ大学とロスチャイルド財団の関係についてのジョークでしか出てこないとか、、ネタはたくさんありすぎる。ま、とにかく見に行ってくださいこの映画、絶対損はしない。できればニコラ・ケージの、武器取引というこれまたセンシティヴなテーマをブラックユーモアというテクニックで料理した《 Lord of War 》とカップリングで見れば、最近の米映画トレンドと地政商学的知識が広がることは間違いない。
なお、映画内での説明はないが、タイトルSyrianaはワシントンで使われた《中東民主化政策》を差すコード名だ。もちろん、ブッシュ攻撃は現在の米国ではタブーではなく国家的スポーツになった感があるが、オイル問題や世界資本問題はもっとスケールは大きい、この映画はその意味で単なる米現政権批判以上の価値がある。
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ル・モンド紙によれば、イラクでのシーア派とスンニ派間の抗争で140人以上の死者が出ている。米国政府は引き続き、イラク国内での動きは内戦ではないと発表。アフガニスタンでは米軍のあとをNATO軍が引き継いでいる。米政府の中東再構築政策は結局、中東大カオス政策となったわけだ。Syrianaの米国版ポスターにはEverything is connected とある。
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そんなわけで今回の猫屋評定は満点★★★★★ なお、最後の星の半分ぐらいははマット・デイモンが出演してるせいであります。怒らないでね。