これは7月の始めに行って来た、ポンピドゥー・センターの美術展。
Traces du sacré、なんて訳したらいいのかなあ。“聖の跡”かなあ。サクレが大文字で始まってるわけでもないし、複数でもない。跡のトラス(英語のトレース)のほうは複数になってる。
なんとなく曖昧である。半日かけて、いつものように解説とかは読まずにとばして、出品されてる作品が多すぎるし、気になる作品だけ見たんだが、やはりなんだか曖昧な企画である。
グラン・パレでのメランコリー展のように、中心になる“思想”がないからなんだろう。コンセプトじゃないもんね、聖あるいは信仰ってのはさ、たぶん。神さま、つーても、信じる人の(あるいは信じない人の)数だけ、ヴァリエーションがあるだろうし、そこいらへんをもっと“選択/トリアージュ”してたら、全体的曖昧さは避けえたんじゃないかと思う。
どうも、カタログにはそこらへんの突込みが書かれてるらしいが、12ユーロの入場料払って、その上カタログ(49.90ユーロ)買うほどの余裕はない。
展示作品には大物が揃っている。いくつかのテーマに分けてそれぞれ作品が選ばれ並べてあるわけなんだけど、イマイチ意味が分からない。ゴヤに始まって、ハエのたかった黒い厚塗り大作があって、、、。原爆で水晶体をやられたおかっぱ髪の少女の顔写真があって、インパクトの強い美しい作品なんだけれど、どこがtrace du sacré なんだか、ちっとも分からない。
ムンクの描いたニーチェとか、ダリとかキリコとかエルンストとか並んでて、マンレイのオシリの写真は“祈り”なんですか? ピカソのミノタウロスの横のアンドレ・マッソンポルノ系はたぶん、バタイユ的“聖”なのであろう。
ニュー・ウェーヴ系まで揃ってる。ネオン・チューブとかさ。大体、センター一階のどまんなかに仏教のまわす教具(名前知りません;廻すとお経となえた御利益があるというやつ)の巨大版がでーんと廻っていて、でもなんだか付属器具が飛んできそうで怖いので笑ってしまったのだった。
個人的には、長く気になっていたフランシス・ベーコンの絵がふたつ見られたし、アンリ・ミショーのメスカリン影響下のデッサン本物初めて見た。ギンズバーグ自身による詩朗読も聞いた。
展覧会最後の方ではヨゼフ・ボイスの造ったふたつのプリミティヴな十字架とか(別室でコヨーテのヴィデオもあり)、不思議な、激しい嵐の山の映像と音響との暗い空間にSaint Jean de la Croix が幽閉されてた小屋のレプリカがあって、小屋に近寄ると彼の詩の朗読が聞こえる、という設置(Bill Viola)は、ただただ美しい。ロツコもあったな。ポロックの製作中ヴィデオもまた見られた。
結局、散漫さと作品の多さで疲れて、ついでに見たかった別展、“覗く独身者” Miroslav Tichý 写真展は諦めた(ポンピドゥー・センター;前のように個別の展覧会を小額で見られるシステムではなく、センター入場ごとに均一12ユーロ払わなあかんのね。これは辛いですよ)。
暇なとき、ネット・サイトの解説とかヴィデオとかもうちょっと見て勉強しなおそうかと、思っております。なお、当美術展は8月11日までなり。
まあ、神秘主義系だったら、イタリアはアッシジの、聖フランソワが祈った洞窟のほうが御利益あるだろう。
たぶんこの展示には“自然”が足りないのだ、と今にして、思った。
ポンピドー、入場均一12ユーロですかぁ。。 前は美術史学生は常設展だけなら無料だったのですが...(涙) ルーヴルよりも高いなんて。。(あ、ルーヴルは美術史学生、パリ以外は割引なしですが。。涙)
写真展、とてもよさそうですね。9月末までかぁ、行きたいなぁ。。(ちょっぴり遠い目)
投稿情報: ねむりぐま | 2008-08-08 21:06
いつのまにか、美術館チケットがむちゃ高くなって困っています。
18歳未満はただにしたところが多いようですが、18歳未満って、一番美術館に行きたがらない年齢だよねえ(クリュニーやギメの常展無料と一緒で、入場料値上げの言い訳みたいな処置です)。
アヴェドン回顧展、いいです。現代絵画には、ますます興味なくなって来てるんですが、かわりにと言うのも変だけど、写真にグングン魅力感じるようになった(;逆に、写真と言うメディアが、単に映像を残すという機能からアートとして機能するようになって、並行的に絵画がつまらなくなった、という仮説も立てられるかもしれないです)。
投稿情報: 猫屋 | 2008-08-13 00:38