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2009-08-18

コメント

Hi-Low-Mix

グローバリゼーションの進展で、先進国労働者の雇用・収入が不安定化しつつあるのは事実でしょう。
しかし、グローバリゼーションに抵抗することは出来るのでしょうか。いまさらブロック経済や鎖国という訳にもいかないでしょう。
正直、ここから先は「底辺への競争」だけが続くように思えてならないのですが。

猫屋

しばらくは「底辺への競争」が続くと思いますが、どこかでそれへの反動も起きるだろう。それが局地的紛争の形をとるか、かつてあったような労働運動なりの形をとるか、クルッグマンが言ってるような30年代のナショナリズムにつながるのかもしれない。
人間というのは、そんなに利巧でもないし、同時にバカでもないですから、なんとか切り抜けるだろう、とは思いたい。あと、これはクルッグマン批判ですが、実際には「自由貿易均衡説」は機能しない。それで最近はクルッグマンの論説も若干変化してるように思います。上の文章では、解決への手がかりについては新ケイネジアンによる税による収入格差解消策だけ挙げましたが、それ以外にも方向性はあると思いますし、望むと望まざるにかかわらず、世界レベルでの政治組織(国連・IMF・世界銀行)の力が強くなっていくだろう。

もうひとつは、こういった変動期にはカリスマ性を持った思想家なり政治家が出てくる可能性も高いですから、そういった人物の登場で“歴史”の節目がマークされるかもしれません。

個人的には、エコロジーや個人レベルの運動から、消費と成長率に頼ったこれまでの“ライフ・スタイル”を見直す流れがもっと表面化してもいいんじゃないか、と考えています。まとまらない答えで申し訳ない。

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