昨日の、ダライ・ラマ、コントロールすべき権威 に続いて、同日26日ル・モンドからもう一本翻訳してみます。なお訳者感想などは翻訳後別エントリーで書こうと思う。以上とり急ぎ。
チベット危機: 北京政府にとっての決定的賭け
ル・モンド 2008年3月26日
中国の帝国概念という歴史的遺産レベルを超えて、現在の北京政府がチベット問題に対してもつ強迫観念は、3重の賭けとして解読することができる。戦略:ヒマラヤ・チベットは、特にライバルと想定されるインドを含む南アジアに突き出た、生命線的ポジションを占めている。経済:中国の発展に欠かすことのできない貴重な鉱石資源および水資源をチベットは豊富に有する。政治:北京政府の見方によれば、チベットを失うことは多民族帝国である中国を離反という渦巻きに追い込む第一歩となりかねない。
政略的防衛帯
南方において、中国チベットは3000kmにわたる国境をビルマ・インド・ブータン・ネパール・パキスタンと共有している。これら5か国のうち、中国はインドと最もデリケートな関係にある。チベットのコントロールには、インドを封じ込める防衛ゾーン確保という意味があるのだ。中国・インド間緊張の中心点に、英国植民地時代に引かれた国境ラインがある:ニュー・デリー政府はこの国境を承認したが、北京政府は認めていない。すでに1962年、この対立から両国の戦争となっている。この戦争は北京政府の勝利に終わり、懸案であった国境極西部のAksai Chin(アクサイチン, 阿克塞欽)領土を掌握した。この領土係争にくわえ、もうひとつの抗争がいらだたしい役割を持っている:アルナチャルプラデーシュ (Arunachal Pradesh;極東部)のインド領土権を北京政府が主張しているのだ。第3の緊張の火元は、いくらか落ち着いた感を呈している:1975年にインドに合併され、中国政府が黙認するシッキム(Sikkim)である。これら境界線問題は、すでに清算されたわけではないにしろ、現在では時事性を失っている。今、中国の地域外交計画に関連したもうひとつの問題が、よりグローバルな戦略局面(賭け)となった。チベットは北京政府の利益圧力の大きいふたつの地域、南アジアと中央アジアの蝶番(ちょうつがい)部分に位置している。南アジアでは、インド洋に開かれた忠実な同盟国パキスタンを癒しつつ、インドと米合衆国の蜜月を未然に防がねばならない。中央アジアでは、特にカスピ海からやってくる天然ガスと原油のエネルギールート確保が必要とされる。チベットは地域ジオポリティック構築の最重要部分なのだ。
天然資源リザーブ
チベット(Xizang) とは、中国標準(北京)語で「西方の宝の家」という意味を指す。これは理解できる。この地域は中国での第二の森林区域だが、資源は枯渇しつつあり、ここでの伐採は危機的状況にある。ラサには、もうひとつ北京政府が夢見る潜在性がある:鉱石資源だ。チベット自治区のクロームと銅の鉱脈は中国一のものだ。そしてボラックス、ウラニューム、リチウム(50%)埋蔵量は世界でもっとも豊かである。中国プレスは定期的に、鉄、金、鉛、亜鉛、コバルトの発見を大げさに伝えている。。。2004年の人民日報記事は、チベットの鉱物埋蔵可能量を、780.4億ドルとまでに報じている。その発掘は始まったが、いかんせん状況は困難なものだ。第三の資源はより簡単に調達できる:水である。歴史的チベットは、“アジアの給水塔”なのだ。アジア地域の10の大河はすべてここに水源をもつ。Yangzi (青河), Huang He (黄河),Mékong(メコング), Indus(インダス河), Brahmapoutre(ブラフマプトラ川), Salouen(サルウィン川), Irrawaddy(イラワディ川), Sutlej (サトレジ) と Gange(ガンジス河)のふたつの支流である。中国プレスによれば、チベットは中国水資源の30%を内蔵している。水危機が北中国を脅かす現在、これは思わぬ授かり物である。
帝国統一のシンボル
中国は自国を多民族国家と認識している。公式には56の“民族(minzu)” が調査の結果認められている。人口の92%を占める漢民族(Han)が、最多数である。けれど8%の少数民族は、大げさな感傷的フォルクロール色を帯びてはいるものの、国民イマジネーション内で、大きなスペースを占めている。特に、それら少数民族が住む地は壮大である。歴史的チベットひとつが、中国本土の四分の一に広がる。また北京政府は、独立運動連鎖が他少数民族-特に、中央アジア国境のムスリムXinjiang;新疆-に飛び火するリスクが、帝国を崩壊させるという脅迫観念を持っている。中国人民のナショナリズムはそれを許さないのだ。
フレデリック・ボバン Frédéric Bobin
---------------------------------------------------------------------------国内と国外に散在した人口
国内のチベット人。200年の中国人口調査によると、中華人民共和国におけるチベット人口は540万人。チベット自治区内での推定チベット人口は240万人で、行政上全体総人口92%だ。けれどこの公式統計数は漢中国人口の移民状況を最小に見ており、独立組織情報によると、都市部の1/3近くの人口は漢中国人であるという。また、300万人のチベット人が、隣接する地方(Sichuan;四川省, Qinghai;青海省, Yunnan;雲南省, Gansu;甘粛省)に生活する。
国外のチベット人。1959年3月鎮圧された蜂起の結果ダライ・ラマはダラムサラ(インド)に亡命、それにつづき大きなチベット人移民の流れが外国に避難した。1998年発表されたチベット亡命政府の数字によると、このディアスポラ(民族四散)は11万1170人を数え、そのうちの大多数(85000)がダラムサラを根拠地としている。つづく受け入れ地はネパール(14000)、ブータン(1600)、スイス(1540)、米国およびカナダ(7000)。チベット人は生命の危険を冒して、毎年中国チベットからの脱出を試みている。
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参考:クーリエ・インターナショナルから、チベット訪問を許された26人のジャーナリストの一人、ファイナンシャル・タイムズのGeoff Dyer のルポです。TIBET: Dans Lhassa coupé en deux
FT原文:Lhasa riots tell tale of two cities gripped by hate
なお、下は今日(27日アルテニュース仏語版)の一部、ラサの様子とジャーナリストに向かって抗議するチベット僧など。
Chine tibet 27 03 2008
envoyé par dictys
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訳者一言:地名や川の名前を確認しながら訳したので、意外に時間がかかってしまいました。なお、最後のあたりを訳しながら、なんだか般若心経でも写経してる気分になったです:प्रज्ञापारमिताहृदयसूत、って書けないけど。
今までもお邪魔してたんですが、コメントは初めてです。ル・モンド翻訳、ご苦労さまです。最近、勉強がてらthe Economistの翻訳を試みたところ、予想していたよりも時間も労力もかかり、“ね式”だったり、他のテキスト系、翻訳系サイトだったりのありがたみがしみじみとわかりました。ありがとうございます。いつかフランス語初学者向けに、オススメの参考書だったり、学習法だったりを記事にしていただけたら嬉しいですwこれからも更新楽しみにしてますので!
投稿情報: edouard | 2008-03-29 03:25
中国史、それこそ三国志を読むだけでも分かるんですが、中国の巨大王朝の崩壊過程は疫病・飢餓→民衆暴動から始まることが多いですよね。それと、周辺民族が様々な形で力をつけること(匈奴とか満州人とか)。国家のイデオロギーがとか建前としての他民族主義がどうこうというより、上記の兆しが見えるだけでも中央政府は恐怖するのだと思います。数千年繰り返されてきたことですが。
投稿情報: ぴこりん | 2008-03-29 10:27
edouard氏、
始めまして、いっらっしゃい。翻訳という雪かき仕事ですが、ジャーナリストの乾いた文体であっても、翻訳すると、それなりに書き手の“心根”みたいなのが見えてきたりして大変おもしろい。逆に言うと、普段すらすら読んでる文章(母国語でも同様)を理解したつもりになってるけど本当に分かってたんだろうか、、とか思います。また、日常外国語での生活なので、ほっとくとアタマが横文字のほうに引っ張られる。(とは言っても本体基本仕様は日本語)で、翻訳は脳内バランスを取るための訓練でもあります。
ぴこりん氏、
そう、あの中国史をかんがみますと、オブザーバーである私どもまで、“もしも”、中国共産党文明がまんまユニバーサル・スタンダードになったらえらいこっちゃなあ。。。などと、(これはひどく悪い冗談なんだけど)思うわけだ。K・ディックの世界です(沈黙)。
投稿情報: 猫屋 | 2008-03-30 12:15
こういうフランスの分析とファイナンシャル・タイムズの記事とを比較して読みあわせてみたけど、すごく興味深い。事実がどこまで正確であるかということをだれも証明することはできないけれど、現在進行形な多角的視点に触れられることは意味深いと思う。
私は対訳の言葉探しでこのサイトに偶然であったのだけれど、これからもがんばってください。
投稿情報: ローズ | 2008-03-30 18:58
事実というのが、本当はどこにあるのか;これって難しいです。ありすぎるインフォメーションの中から、近いと思われるものを集めて、ジグソーパズルで“対象”を囲みながらはかるしかないわけです。ヘタするとメクラがあつまって象を触ってるようになる。しかし中国やロシアは怖いです。ひとつしか情報源がない。
寅八、適当にがんばりますので時々のぞいてください。
投稿情報: 猫屋 | 2008-03-31 02:21