今夜は冷たい雨が降りしきっている。11月に1月並の寒波がやってきて、コルシカやマルセイユでは、ホームレス人口内ですでに死者がでた。
労組は、フランスでの交通ストの月曜後続を決めた。これでストは6日目に入るわけだが、火曜日20日に予定されている公共職員スト(こちらは購買力スト;賃金上昇・公務員人員カット反対が目的であるね)まで粘って、公務員と交通のふたつの社会運動を、より大規模なアンチ・サルコジ運動にまで拡大したい構えだ。
簡単に説明してみよう。。。(とはいえ、アタクシは労働法の専門家でもないし、ジャーナリストでもないし、実証主義者でもないわけで、内容がかなり大雑把なとこはお許しいただきたい)。
シュミノと呼ばれる、鉄道(今は郊外電車RERを含む)運転者および技術者たちには、長い労働運動の歴史がある。同時に、彼らの職種には危険も多いし勤務時間帯も不規則だし、深夜あるいは週末勤務もある。
そんな事情もあって、この鉄道員仕事は昔から特別職とされていて、定年後の年金を満額で受け取れるまでの勤務年数(=月給天引き年金支払い期間)がほかの職種と比べて短いんだ(57.5年、他の職業では現在59.5年)。特別年金制度が適応されている職種は他にもあって、漁業・フランスガスとフランス電力・軍人・警察・公証人それから議員なども含まれてる。それぞれの年金制度と雇用契約の内容は職種によって異なっている。(たとえば国立オペラ座の特別年金制度はコンセルヴァトワールを設立したナポレオン三世によって決められていたはずだ)
このシュミノの特別職年金制度をなくして、他の一般職と同じ年金枠に組み入れようとした政府の試みは過去にも何度かあったが、成功していない。1995年、シラクが大統領に選出された年の秋に、ジュペ首相が強硬に制度改正を試みたが、結局は3週間に及ぶゼネストにまで運動は拡大し、ジュペは改正案を引き下げたという過去がある。
現政府は2008年には年金制度全般改正を予定していて、39.5年という年金受け取りに必要な勤務期間を、41年に引き上げるつもりだ。シュミノの特別制度撤廃は、それにむけた準備というかテスト・マッチって様相があるわけだ。サルコの仏社会運動との最初のランデヴーでもある。
この特別枠取っ払いってのは、今年の大統領選挙前にセゴレンヌ・ロワイヤルも公約の中に入れていた。かつてのように、蒸気機関車を動かしているわけでもない現在のシュミノたちを、共和国の掲げる平等という名において、他の職業とパラレルな年金制度に組み入れようとする考え自体は、多くの国民に受け入れられていたと思う。
だが、ここに来てなぜ6日にわたる交通ストになってしまったのだろうか。いくつかの要因があると思う。
- フランスでは、雇用されるとき雇用契約書にサインするわけだが、その契約内容は契約期間中有効とされる。したがって、必ずしも収入のよくない、また勤務時間が不規則なこの職業では57.5年という務期間はひとつのメリットだった。もちろん、鉄道労働者は、自己の利益を守るためのスト権を持っている。あるいは雇用主が、勤労年数を引き上げるデメリットに対する、なんらかの埋め合わせ策(給与自体の上昇あるいは特別退職金なり)を提出して、勤労年数の引き上げへの合意を得るというやり方もあっただろう。だが、10月18日にあった交通ストから今回のストが始まった11月13日夜まで、SNCF・RATP社サイド、あるいは政府からのスト回避のためのオファーは何もなかった。
- SNCF職員の加入している労働組合でも大手であるCGTの委員長ベルナール・ティボー(Bernard Thibault)は1995年のジュペ法反対ストで頭角を現した男だ。だが、今回のストにおいてはさすがの彼も、組合のベース、つまり実際のシュミノたちの意見をまとめることができないでいるように見える。カナル・プリュスでのインタヴューでも“ストの続行の是非は組合員の話し合いとその後の投票を待つしかない”と繰り返していた。
- ひとつには、現在の年金でさえ退職後の生活は楽でないのは分かりきっている。さらに将来の年金受け取り額が先細りし、さらに勤務年数が伸びるのでは、この変更案は受け入れられない。もうひとつには、特に1995年以降に作られたSNCFの運転手を主にした労組Sud rail にはLCR(オリヴィエ・ブザンスノ;われらが若きヌイイのポスト・マンにしてトロツキスト、が率いる極左党)支持者が多いのである。
- この特別職年金制度改正を持ち出したサルコジ戦略のタイミングの悪さ、ってのがありますね。これは痛い。とてもイタイ。つまり大統領になったとたんにサルコジがとった金融政策は、裕福層支持者を対象にした大幅減税(総額で150億ユーロ減税と見られている)だけである。元ルペン支持からサルコジ派になった支持者層を見込んだ累犯法可決、および移民家族呼び寄せに関するDNA検査法もあるが、仏下層および中間層にとっては後味が悪い法改正だ。公約だった国民の購買力強化に対する政策は何もない。おまけに米国から始まったサブ・プライム金融危機があり、ドルの下降(つまりユーロ上昇)があり、原油価格は100ドルへのカウント・ダウンに入っている。サルコジが約束した仏経済成長はやってこない。国家赤字ばかりが上昇する。。。
- さらに大幅減税に加え、スト直前に国会は大統領の給与引き上げ案を簡単に可決してしまった。上昇率は、当初165パーセントとか言われていたと思うけれど、実際は204パーセントだそうで、エリゼ宮に住み複数の別荘、料理人から運転手から警備員からジェット機2台まで国費で使えて、その上ポケット・マネーでしかない給与は204%アップ。これはイタイ。貧乏人サイドで言えば、上にも上げたガソリン・高熱費・パンなどの生活必需品目の高騰に加えて、医療費用個人負担金の上昇があり、さらには国選弁護人制度での個人負担金導入の動きさえある。家賃・不動産の急上昇後、退職者や中間層を含む国民(と移民)の実際の生活はますます苦しくなっているのに、ローレックス・デイトナにレイバン・アヴィエイターのわれらがブリング・ブリング大統領だけが、公約だった“もっと働いてもっと稼ごう”の見本となったわけ。こりゃ怒りたくもなります。
- 同時に特別職にカテゴライズされてるはずの政治家の年金制度については誰も語ろうとしない。
と、なにやら長くなってしまった。
書き加えれば、これもサルコジのPS壊滅作戦が見事に成果を挙げ、実質としての仏社会党は影も形も無くなってしまった。本来であれば、UMPへの対立党としての突っ込み役ばかりでなく、労組との意見調整にもPSはそれなりの役割を持っていたのだ、と今更ながら思う。
おまけにバラディール委員会(憲法改正が目的)が提出した憲法改正案での、大統領権限をあらわす第五条には、«Il définit la politique de la nation»という一言が加えられている、そうだ。訳せば、“彼(大統領)は国家政治を決定する”となるけれど、この一言で、大統領権限はさらに拡大するだろうと懸念の声が上がっている。いまでも仏大統領は米国のそれよりさらに大きな権限を有してるわけで、ニコラ・サルコジの自家国家改造が続く限り、フランス・バナナ共和国の未来は暗いのだよ。
たしかに、ストは痛い。特にパリでは、市内の家賃がめちゃくちゃ値上がりした結果、貧乏労働者の多くは郊外の不便なところに住んでいるから、交通ストで最初に苦労するのは貧乏労働者人である。だが、社会下部の人間にとって、選挙を除外したら、自分たちの利益を守り、(政治あるいは経済)権力に対する批判の声を上げる方法はストとデモ以外にはないんだ。
フランスでは労働組合への加入率はヨーロッパの他国と比較してもかなり低い。フランスはストの国、と思い込んでいる人も多いけれど、スト件数に関しては、ヨーロッパでいえば26国中11番でしかない。ただ、例外的に労働組合加入率が高く、ストの結果が即市民に影響する交通機関ストが目立つ結果、そう思う人が多い、ってことなんだ。対して、サルコジは仏社会党のリクルート骨抜き作戦と平行に、交通特別年金制度改正争議を通じて、CGTを筆頭としたフランス労組のコアを潰そうと考えていたはずだ。
大手メディア、とくに昼と夜の大手TVニュースは、交通ストに関して“一般市民を人質にとった、優遇された国鉄職員のストは、”とか“今日も一般市民の苦労(ギャレール)が続く”とか、どう見ても政府広報化してるわけで、何年ぶりだろう、この一週間まったくメディアに姿を見せていないわれらがサルコ大統領(エリゼ宮でたてこもり中)の不在を、アンチ・ストなニュースが埋めている風である。
だれだって、ストは早く終わったほうがいいに決まってる。でも、サルコジは、かなり前から労組との正面衝突を準備していたんだと思う。1995年当時、シラクを見切ってバラデュールを支持した結果冷や飯を食っていたサルコは、当時の首相ジュペの苦悩を観察しながら、大統領になることを夢見ていたはずだ。自分への支持率の高さと、交通ストへの支持率の低さを比べて、今回のストを簡単に終わらせられると判断したのだろう。決定的に読みが甘い。
フランスでの大型ストを、赤子の腕をひねるように解決できるのは、そう、ヴァカンスしかないのだよ。
この日曜日、国家の二分割が懸念されるベルギーでは、統一を支持して3万人の市民がデモをした。スト権とデモ権は憲法も保障している一般市民の政 治参加の手段であることを忘れてはいけない。20世紀には、労働時間短縮も、労働条件の向上も、休暇の延長も、ストライキという労働運動を通して得られたことを、収入格 差がさらに拡大し絶対就業者数の減りつつあるネオ資本主義世界に生きるネオ貧乏人(ニュープアー)は思い出すべきなのだ。社会運動という言葉を、わたしたちは思い出すべきなのだ。
翌朝追記:月曜のリベからクリップです。
Les dessous d’un conflit qui dure 長引く争議の内幕
バナナ共和国は、今日もストが続くのだ。
1時間待っても、メトロがこないので、朝出たはずのうちの息子は家にもどってきた。
あ〜、今日もまたこの大きいズウタイが家にいるのね。 木曜には、本当にストが終わるのか心配。
投稿情報: k | 2007-11-19 10:11
この特別枠取っ払いってのは、
→この特別酔っ払いってのは
って目が読んでました。
懇切丁寧なスト説明、ありがとうございました。引き続き、公務員、郵便、司法とストがどう波及していくのか、解説よろしくお願いいたします。そもそも去る氏給与Upってお手盛りがすんなり通るのもはてな、でした。ここがバナナならドイツは林檎かしら?ドイツも鉄道ストやってますね。連立が壊れてきたらしい。
投稿情報: ラム | 2007-11-19 16:21
ここ数日時間的にF2を見ることが多かったのですが、アンケート結果ではストに反対する人が多数だとか言ってましたね。
(サルコの給料が3倍になったとは言ってませんものねぇ。)
しかし労働組合への加入やストの頻度がヨーロッパの他国と比べて低いとは初めて知りました!(やっぱりフランスってストの国というイメージ有)
投稿情報: ねむりぐま | 2007-11-20 19:26
サルコジはアンケート結果を見ながら次の作戦を練る政治家です。だから政策に一貫性がない。ヨーグルトとか自動車売るようには国は統制できないんですよ。民営化、経済成長、コストカットで行き着く先は米国や日本みたいな超格差国家だったら、民主社会主義国をうまく切り盛りしたほうが賢いんじゃないか、とか思ってます。いつのまにか、国益ってのが資本家益になっちゃってる。ビンボウは嫌いだ。金持ちはもっと嫌いだよお。
投稿情報: 猫屋 | 2007-11-21 01:48