2月10日ル・モンドの記事です。ジル・ケペル氏はパリ国立政治院(シヨンス・ポ)の中東・地中海地域の専門教授で、多くの本も出版しているようです。この記事日付は若干古いですが、本質を突いている。速訳出してみます。なお( )内は訳者注です。
ヨーロッパはまたしても 『大悪魔』 とされる --- ジル・ケペル
L'Europe en nouveau "grand Satan", par Gilles Kepelインドネシアからジブチ、カブールからロンドンへと、すでに緊張要因が激しかった地区での動乱が過激化している:総選挙でのハマス勝利後のパレスティナ、ダマスカス政権に対する国際圧力が強くなった時点でのシリアとレバノン、核問題がテヘラン-西欧諸国間のもっとも大きい反目の因となったイランで。
9月11日のすぐ後、 - 劇的で(原文:spectaculaire)凄惨な挑発によって - アルカイダは、当初動員したいと願った大衆からの孤立を強めた。5年後、ベンラデンの後継者たちは『イラク人レジスタンス』先鋭部隊として、アルジャジラと他の衛星放送映像を介し、自分たちの暴力的で正当なジハードというコンセプトを大衆化した。そのテロルの犠牲者の多くがシーア派イラク人だとしても、アラブ世界のテレビ視聴者の大勢が、それを外国勢力による占領へのレジスタンスだと理解した。
この分野でのメディア戦を勝つことが出来ないアメリカ合衆国の無能さは、サダム・フセイン排除後のイラク・シーア派の民主主義における勝利が、隣国シーア派イランの自由化の要因となってモラー政権の転落を準備するだろうという幻想と相伴うものだった。反対に、テヘランはすばやくイラクでのアメリカ泥沼化を利用し、ワシントンに後押しされた政府への支援ベースを弱体化する目的で国内の独自なシーア派網を使い、このテコを押して核ファイルでの掛け金をつり上げた。
この分野で、イランとの調停の失敗後、問題を国連の安全保障理事会に持ち込むという重要な役割を果たしたヨーロッパは、コントロールしかねる国家に対するモラル勢力としての姿を世界の前に示した。しかし、風刺画事件がヨーロッパを被告側に追いやったとたん、ヨーロッパは突然ぐらついた立場に自らを見出すことになった:アラブ圏プレスにおいて風刺画掲載はモラルに対する反逆と示された。こうして、預言者を侮辱する旧大陸は、判事あるいは審判員と自任できるのか、とトーク・ショーや社説で人々は自問したのではないか?
テヘランにとって、この状況は例外的なチャンスである。この街で、もうひとつの大使館、合衆国大使館占領が1979年の秋にあったというおぼろげな記憶を思い起こさせるデンマーク大使館侵入が起こった。侮辱されたイスラム防衛と、そしてムスリム世界内リーダー・シップへのオークション(原文surenchère; しだいに高値がつく)に乗り出すことで、イラン指導者は、イラン・イラク戦争後の休戦条約にサインせざるを得なかった自己政権の弱体化に対して、1989年2月14日にサルマン・ルシディへの死刑宣告というファトワを出すことで体面を保とうとしたホメイニの足跡を踏んでいる。
ダマスカスからベイルートに渡るデンマーク外交施設の破壊と放火は、同様なロジック内にある:ラフィック・ハリリ暗殺のあと責任を問われたシリアとその地域同盟国は、宗教・モラルのユニヴァーサルな価値の名において告発されたデンマークを通じて、ヨーロッパ、そして西洋に対する下層民の攻撃を激励するよりなかった。
パレスティナのケースはさらに明白である: もしハマスがイスラエル破壊という目的をあきらめず、自爆攻撃を続ける場合は援助継続を疑問視するという- パレスティナ政権への主要出資者である - ヨーロッパの発言に対し、風刺画事件ではガザのデンマークだけではなく、EUの設備が攻撃を受けている。ここでも同様に、援助継続のためヨーロッパによって規定されたモラルと政治基準に従うことへの拒否が見て取れる。(ヨーロッパが)判断する権利を拒み、それは卑劣さのせいだという口実のもとに。
これらの例を通して、イラクとパレスティナというアラブの政治不能のシンボルである、そしてまたイランが敵対というロジックに入ったといった、ひどく悪化した状況が付随的挑発をなすがままにさせ、そして結果的に政治当事者たちが、それぞれの利益を優先させるためオークションを吊り上げる、その様子が見て取れる。
風刺画事件が対象となったこれらの操作(manipulations)の向こうに、- ルシディ事件のように、権利と言う大きな問題に接触する賭けを通し、この事件はヨーロッパのイスラム問題をも激化させる。表現の自由か冒涜への懲罰かという - 同じ葛藤が職業に関して再び適応されたと言う印象を受ける。しかし、事は変化している:15年前にくらべ大きく増加したヨーロッパ内1千500万人からなるムスリム人口の統計図を、このところアラブ・プレスが掲載している。
(上記アラブ・プレス記事において)これらの人口は、信心を脅かされる信仰深いひとつの共同体であり、世界中での同宗者による救助者的介入を正当化する存在として描き出されている。ここがヨーロッパにおける闘いの中心である:ムスリム系ヨーロッパ人口は、自由で多様主義社会への彼らの同化と成功を好例として、出身国の民主化への媒介となりうるのであろうか、あるいは反対に宗教対立を先鋭化させ旧大陸を不安定化するために彼らをトロイの木馬となしたい人々 - ムスリム世界の独裁的国家やイスラム主義運動勢力 - によって人質となるのだろうか?
デンマーク政府への改悛要請デモンストレーションは、ヨーロッパにおいては特に狂信的脅迫に対する深い苛立ち感情を激化させ、ムスリム出身人口に対する拒絶という態度を養う。いくつかの理性的声が、特にヨルダンとサウジ・アラビアで、激昂と喧騒の合間に聞こえている。イスラムのイメージ悪化が起こるのは、この時期にジハードとイスラムの名において自爆テロと人質の斬首が遂行され生中継されることが主要な原因だと、これらの声は指摘する。そして、この色眼鏡を通した風刺画化を避けるために、自らの集団内のテロリズムを排除するのも世界中のムスリムのなすべきことだと言う。
これらの声は、群集の激怒と政権(複数)の操作とメディアの煽動(デマゴジー)にかき消され聞き取りがたい。おそらく、激励しその声に値する場所を提供するのが民主ヨーロッパの役割だろう。対話を取り戻すための代価である。
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ジル・ケペルはパリ国立政治院教授、中東・地中海講座担当。
GILLES KEPEL 2006年2月11日発行掲載記事
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限られた長さの文章の中で、ケペル氏は視野の広いイスラム状況分析を行っています。語調の強いこの文は、新聞に掲載されたものですが大学人専門家の文章として読まれるべきだと思います。同ル・モンド・ウェブでアルカイダとメディア・インターネットの果たした役割についての3ページにわたるインタヴューと、フラッシュを使ったケペル氏の解説を聞くことが出来ます。英語とアラブ語のディプロムを有する同氏は、アラブ語ネット界読み込みを基にした分析で知られる。出生はレバノンのようです。
また、原文が仏語の場合、英語読みの方は該当原文を翻訳ツールソフトにかけて英文で読むことをお勧めします。接続詞句・関係代名詞句等の多いこの文章は(ヘボ速訳の)日本語では読みづらいですが、英語でなら理論関係はより明白になるか、と思います。
なお、翌日(3月3日)訳文を一部書き直しました。ケペル氏をカペルと表示していた事に気づきました。なんたる間違い、お詫びします。(ケペル先生、って子供のころNHKの番組に出ていた記憶があります。たしかマペットだったからこのケペル先生とは親戚ではないでしょう。)
3月9日fenestrae氏のご指摘により一部手直ししました。
参考ル・モンド記事
インターネットなしにアルカイダは存在しない (インタヴュー)
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ジル・ケペル:“アルカイダ、領地ベースからデータ・ベースへ” (音声ポートフォリオ)
何にもコメントがないというのも、何だかやりがいがないですよね。早速ルモンドで読みました。ちょっと概観すぎてものたりない気がしないでもないけれど、歴史的な観点を忘れないことは大事なのだと反省しました。ちょっと文章が生硬なのは、どうしたことでしょうね。
投稿情報: 天神茄子 | 2006-03-06 09:18
おお、天神茄子氏。
少なくとも(原文読み)お客さんお一人様、見つけたというか。
めちゃ訳しにくい文章構造で訳文も読みにくい。2月11日のこの記事、ケペル氏かなり急いで(おまけに多分若干怒った状況で)書いたんじゃないか、って気がします。あと現実の複雑さに見合うようなこういった複雑な文体をまったいらな日本語化するのって厄介なんだと、確認した次第。
投稿情報: 猫屋 | 2006-03-07 03:52
ちょっとごぶさた。少しづつ復帰します。
正攻法の記事の翻訳がつづきますね。なんだかこのような常識的な記事が書かれ、翻訳されなければいけない状況が悲しいような気がしますが、めげずにやらなければいけないのでしょう。
訳文ですが、
「これらの人口は、信心を脅かされる信仰深いひとつの共同体であり、世界中での同宗者による救助者的介入を支持すると描き出されている。」
の部分、
「支持する」は日本語だけ読む読者には誤解をうみやすいのではないかと思います。et justifant 以降の、「(したがって)同宗者による救助者的介入が正当化されるもの」「救助者的介入に値するもの」という趣旨が理解してもらえればいいのですが。
またコメント欄かマイホームで。
投稿情報: fenestrae | 2006-03-08 21:32
かえって日本語で読むと流して理解したつもりになってしまうことも多いのですが、翻訳してみると論理関係がよく見えたりもします。大体学術的翻訳なんてするはずのない人間なんですが、これも運というか縁というか。ケペル先生にしてもアヤーン女史、グリュックスマンもカナール・アンシェネも、私自身の思考傾向とはかなり離れた場所の方々なんですが、それでも一線みたいなものが通っている気がします。この一線は、やはり譲れない。そんなわけで、自分の考えがまとまらないまま、翻訳雪かき作業で時間ばかり食われてます。
訳文に関するアドヴァイス、ありがとうございます。justifier という動詞を考えもしないで訳してました。現在分詞のあつかいを忘れていて、朝倉さんのフランス文法辞典引っ張り出してきたけど、よけい分からなくなった(笑)。で、一応直してみましたが、変だったらまたコメントお願いします。
なおケペル氏のアルカイダとインターネットについてのインタヴュー記事が面白いんで一瞬訳そかな、と思った。でも長すぎるのでやりません。
投稿情報: 猫屋 | 2006-03-09 02:55