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2005-05-11

コメント

Mari

毎度。社会復帰が困難なので、他の傭兵部隊に入ったり戦闘コンサルタント業界に入る話をよく聞きますね。 ベトナム帰還兵ほどでないにしろ、常時戦闘に備える世界にいると、世俗は生ぬるくて仕方がないのかもしれない。
猫屋さんが会われた外人部隊の日本人男性が「いい男」だったというのも何やら容易に想像つきます。が、オンナにとって現実的に相方にするには無理そうな方ですね。と勝手に解釈。
最近の知人に ベトナム帰還兵 →麻薬・酒中毒・DV・自傷何でもあり →啓示を受け(本人談)→ヒーラーという人がいます。 不思議な形で俗世にコミットしています。 やはり普通に?サラリーマンなんか出来そうにない。

戦闘経験者やら、内戦経験者に会う機会が多かったせいか、殺人や戦闘で生命の危機を体験していないことに何やらヒケメのようなものを感じます。実は。
現実にそういう世界に飛び込もうなんて根性も体力も無し、平和ボケ日本人の勝手な妄想というところかな。 また馬鹿コメントですいませんー。

外国人にフランスのために戦わせるわけですよね。日本人なら絶対にできないと思いませんか?そこまで外国人を信頼するなんて。メンタリティの違いを感じます。

上記のコメントは私、「ふらんすhttp://france.blogtribe.org」が投稿しました。投稿者の名前を書く欄が出ませんね。

nekoyanagi/猫屋寅八

mariさん、どうも。私のあった元外人部隊の青年は、きりっとした眼の折り目正しい(ある意味、折り目正しすぎるか)まっすぐな人でした。彼は一期(5年)でリタイアを選んだようですが、今はどこにいるんだろう。

第一次湾岸戦争から帰還する米海軍兵士達が上陸許可で町を歩いてるのに東南アジアで出くわしたことがあります。南仏で見かける、マリンのでかいが子供っぽく、“しつけ”のいい、つまりMPがしっかり管理する兵士たちとはまったく違った、うつろな目のおびえた風な若い子達の姿は、すっかりアジアの熱帯風景にまったくなじまないものだった。

仏外人部隊、上部将校はフランス人で固めているようです。前線を離れることも、新人養成などにあたることも、また日本に帰ることも、斎藤さんは良しとしなかったのか、、などと考えてしまいます。自分も同じような頃に日本を離れているんで、なんだか身につまされるところがある。斬ったはったから一番遠いところにいるわけですが、どこかがひどく傷みます。

馬鹿なんて言わないで、もっとコメントしてください。mariさんの見方のリアリズムと、なんだろう、のびのびしたとこは大いに評価してるんですよーん。

nekoyanagi/猫屋寅八

ふらんすさん、こんにちは。
typepad もいろいろシステムを変えてるようで、上手く機能しないときがあるようです。

まあ、わが母国は某国の核傘下にあって安全なわけだったようですし、軍関係は難しい問題ですね。外人部隊が、アルジェリア戦争などで非仏人軍部として機能したこともあるようですが、今のように多国籍人口が増えてくるとそういった性格も弱くなってるんじゃないか、と思います。実際に国連の仕事でカンボジアに行っていた友人によれば、外人部隊はかなりいい仕事をしていたそうです。

今は米国が有能な非米人戦力確保を各種警備会社に委託、そこが傭兵を派遣する戦争の時代なのですね。かつては南アフリカの傭兵会社が有名でした。彼らはクーデターまで起こしたりします。最終的にはオーダーした国家政府の責任問題も防げるし、死者が出ても自国軍隊の死者数にはカウンターされない、という抜け道です。

つけたしですが、私はどこの国の人でも、信頼できそうな人は信頼するし、できそうにない人にはあまり近づかないようにしています。顔見るとなんとなく分るというか。

Mari

夢が無くて どんぶり勘定。 どうして判ったんですか。正解なので、1000点贈呈。

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