ルアンダ虐殺の真相は今でも藪の中だ。ただ当時フランス政府の役割については一部だが知ることが出来る。
ルアンダは元ベルギー領だった。他のいくつかのアフリカ国家、たとえばセネガルや最近あわただしいコートジボワールのように元フランス領ではない。なのに何故フランスは当時の元首を経済・軍事面で助けたのか。なぜ内乱時に、国連委託と言う形ではあるが兵士を送ったのか。おまけにその介入のやり方には今でも批判が絶えない。(フランスではルアンダ虐殺関係の本が多く出版され続けている)
ひとつの分析に、当時の仏大統領ミッテランの強い介入への意志があったというのがある。それはアフリカ大陸の仏語地域に英語が伝播し仏語が使われなくなることの恐れだったという。ミッテランはあくまで文学の人だった。政治よりは文学を重く考えていたふしがあるが、自分の文的才能の無さを知り、政治に入った。ド・ゴール主義の国のド・ゴールの敵対者ミッテランも結局ド・ゴール主義者だったわけだ。
報道されることはないが、米政府あるいは米民間財団が言語教育に巨大な投資をしている。戦後の日本もそうだった。
現在、米国の石油を巡るアフリカ進出が話題となっているが、原油価値がさほど問題ではなかった当時でも米国のア大陸進出は、すでにかなり進んでいたと見ることが出来る。
現在石油メジャー五社のうちのひとつは仏トータル社だ。現在ではロシア系資本も進出、原油がのどから手が出るほど欲しい中国やマレーシアもスーダンに資本投下している。石油以外にも、米国はテリトリーを広げている。米軍基地だ。日本戦後を見るまでもなく、軍はうしろにチューインガムやハーシーチョコレートばかりじゃない、はるかに多くの製品を従えてやってくる。まあ現代の宣教師だ。アフリカじゃないが、先を行く中国にマクドナルドが入ったのは1987年あたりだったと思う。今の中国にはスターバックスが花盛りであるらしい。
そんなこんなで、何年か前、マダガスカルの大統領選を巡ってフランスと米国が対立していた。この合戦は、もちろんフランスの負け。仕事でジブチ通いの友人に聞くと、元フランス領であるのに駐屯する仏兵は米兵より千人ほど少ないと言う。
この流れで読むと、シラクがアフリカで熱演する理由も分ってくる。(まあ、フランスに帰ってくると汚職だ、経済政策ゼロだのと批判が耐え切れないから、いつも外国巡業だと言う説もあるがね)
オフショアの石油ばかりではなく、アフリカ大陸には鉱石系地下埋蔵量は未確定的に眠っている。内のひとびとは部族生活である。こりゃおいしい。(腹がへってる時には美味いマクドナルドも、遺伝子組み換え作物も、飢餓大陸では売れるんじゃないか。フォアグラ・シャンペンは無理だが)
ハチントンが、やがて米国人口の半分はスペイン語をしゃべるヒスパーノになると危惧するのもワカランではない。言語の統治は文化・経済の統治なのだな。
しかし最近のシラクは演説が上手くなった。勝てる戦ではないと思うが。
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追記参照:萬晩報通信員 齊藤 清さんの《アフリカの傭兵たちと油》
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