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3月初めにここフランスで封切りになったロマン・ポランスキーの映画ザ・ゴースト・ライターです。
アタクシの批評を一言で言っちゃえば:ポランスキーうますぎ、となる。
出来は、あの『チャイナタウン』といい勝負だ。『ピアニスト』とは比較にならないほどいい。かなり古典的な映画作りが成功していて、最初の暗いシーンと重い音楽が観客をゾクゾクさせるあたりで、ありゃこりゃヒッチコックをかなり意識して作ってるじゃんポランスキー、と思った次第。
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ジャンルは政治スリラーもの。冒頭に、雨の降る夜の海と大型フェリー、そしてフェリー上に置き去られた四輪駆動のBMW、そして海辺に打ち寄せられた死体が不安をそそる音楽とともに映し出されて映画は始まります。
元英国首相のアダム・ラング(ピアース・ブロスナン)の自伝を仕上げるため雇われたロンドンの若い作家(ユアン・マクレガー)は、自宅に戻る途中暴行を受け、参考にと手渡された他件の原稿を盗まれてしまう。彼は、同じ日の夕方には元英国首相が滞在している米国東海岸の島へ向け急遽発たねばならないんだが、かなりな高額ギャラを約束され依頼を受け入れたものの、自伝の仕上げの途中に急死(自殺?)してしまった元首相アダム・ラングのスピーチライターの話は再び彼を不安に陥れる。
彼は、それでもロンドンを発ち、そして経由便、フェリー、タクシーと乗り継いで海辺の元大統領の滞在先ヴィラにたどり着く。そこは厳重に警備されたガラス張りのハイテク近代建築住居で、元首相の数人のスタッフが住み込んでいる。彼はここで、書きかけの原稿を限られた時間内で仕上げなければならないんだ。
だが、元首相アダム・ラングは、パキスタンで逮捕された英国籍『イスラム・テロリスト』グループの逮捕と拷問に(グループの首謀と見られる男は拷問のすえ死亡)関与した疑惑が浮かび上がり、国際刑事法廷は彼に対する調査を始める。結果、アダム・ラングは召喚を逃れるため、ラ・ハーグの国際刑事法廷を認めていないアメリカ合衆国から出国出来なくなってしまう。
プライベートジェットでニューヨークから帰ってくるアダム・ラングを、作家は秘書のアメリア(Kim Cattrall), ラングの美しい妻ルース(Olivia Williams)たちとともに迎えに行く。ジェットのタラップを降りたラングは作家に向かって、Hello, who are you ? と声をかけるんだが、作家は、I'm your ghost と答えるんだね。影のライター、ゴースト・ライター(フランス語ではネーグル)のことなんだが、これは映画の結末に向けた伏線でもあるんだ。
この映画のトリック全部を明かすなんて野暮なことはアタクシもちろんしないけど、ストーリー展開にはラングと米CIAの関係が絡んでくる:これがこの映画のカナメです。ちなみに、この映画の原作になったのは元ジャーナリストのロバート・ハリスが書いたベストセラー小説The Ghost でありまして、シナリオはハリスとポランスキーの共著。ハリスは、アダム・ラングのモデルと言われるトニー・ブレアの初期スタッフの一員でブレア夫妻とも個人的交友関係があったという。小説のほうのウィキ英語版はここ。
この映画が提示するアダム・ラング(トニー・ブレア?)の真の役割というのはもちろんハリスのフィクションなんだけど、いやなかなか魅力ある陰謀説だ。トニー・ブレアがどうしてあそこまでイラク開戦にこだわったのか、というのはアタクシもいまだに何故だか納得できないままだ。ハリスはフランスでのインタヴューで、『ブレアのカトリックとしての信仰の強さ』を理由として挙げてるけど、これも信心のないアタクシにとってはイマイチ弱いんだよね。
ポランスキーは当映画の撮影が終わった昨年9月に逮捕され、自宅拘束になっていたスイスの山小屋から電話で編集を指導したそうだ。国際刑事法廷とメディアを恐れて米国東海岸の別荘に閉じ込まらざるを得ない英国元首相のフィクションと、同じくメディアと米国司法を逃れてスイスの山荘にいまだ監禁状態のロマン・ポランスキーのリアリティがいやおうなしに重なってしまう。
(ポランスキーの犯罪とその経過についてはこのブログでは詳しく言及しない。10歳の時、ポーランドのユダヤ人ゲットーからナチスを逃れてひとり生き延びたが、やがて収容所から帰ってきた父親とは不和(母親は収容所で死亡)が原因で再び離別。ワルシャワの映画学校で認められ、英国・フランスで作品を作るがやがてアメリカに渡り《ローズマリーの赤ちゃん》を作成。だが、妊娠中の妻シャロン・テートがマッソンとそのグループの虐殺されている。1977年に13歳の少女を強姦した罪を問われるが、ポランスキーは《チャイナタウン》を制作の後、合衆国を脱出しフランスに渡り映画作りを続ける。。。なんともめちゃくちゃな人生であるね。)*
ポランスキーがとんでもないペドフィリアであるとしても、それはポランスキーの作る映画がすぐれているという事実を反古にはしえないだろう。
風が吹き荒れる冬の海岸沿いに位置するガラス張り別荘、ヒッチコックの作品(たぶん北北東に進度を取れ)を思い起こさせるし、金髪美人の元首相アシスタントもヒッチコックめいてる。カメラ・アングルの安定さ加減もなんだかヒッチコックだし、ポランスキーの不条理なユーモアも、ストーリーの不可思議度を強めている。ユイ・クロ(密室状態)と疑惑、主人と奴隷、アイデンティティ、本物と偽者、影響力とマニプレーション、、、おまけにアップデイトな中東政治とCIAが絡みますからカードは全部揃っている。
この記事を書くために主人公であるライターの映画での名前を探したんだけど、クレジットにもthe ghost としか記されていない。しがない作家のゴースト君はなにがなんだか分からないまま自分に降りかかる不可解な事件の真相を突き止め生き延びようとする。観客はこのゴースト君の混乱と疑惑に寄り添う形で、彼と一緒に真相を追うわけです。海風の強い海岸を箒で掃除し続ける使用人や、またくもって不親切なアジア系家政婦。奇妙な民族衣装を着たホテルの受付嬢。イラクで戦死した息子の仇をとるため、イギリスからやって来てラングをトラックする父親。そして、金と名誉と演技と笑い方は完璧でも、現実から遮断され、今では司法とメディアに追い詰められる元首相。そして、その妻の不可解な行動。また、ヒッチコックの時代にはなかったハイテック、たとえばGPSやUSBキー、グーグルや監視カメラや携帯電話がうまい具合に使われている。
舞台はロンドンと米国東海岸の島がメインですが、撮影はすべてベルリン郊外やオランダなどの欧州で行われたそうです。ヴィラはすべてセットで、大きな窓から見える海岸はあとからCGで付け足したものだそうだ。
これはこの映画のキャスティング・リストを見てて気がついたことなんですが、元首相役のブロスナンは007、首相の金髪アシスタント役のキム・キャトラルはセックス&ザ・シティのお姉さんで、ミステリアスなミセス・ラング役のオリヴィア・ウィリアムス(名演)は、調べたら映画《シックスセンス》でかわいそうな奥さん役やってた人で、今は(見たことないけど)米TVシリーズのドールハウスに出てるそうです。で、ゴースト君のユアン・マクレガシーはあのオビワン・ケノービ(アレックス・ギネスになる前)なんでありまして、海岸のシーンでちょいと出てくる老人は、《七人の用心棒》にも出演していたというベテラン現在94歳の名脇役イーライ・ウォラック。この映画は、米国(あるいはハリウッド)に対するポランスキーなりのリヴェンチなんかなあ。
この映画に欠点があるとしたら、ある意味完成度が高すぎて破格がないところか。計算されすぎた不条理性になっちゃってる。《水の中のナイフ》や《下宿人》にあった暗いけど同時に軽いポランスキーではない。でも、その完成度がこの作品が評価される所以だからしょうがないし、ポランスキーももう76歳なんだ。
あと、最後の落とし方は、まあ、la boucle est bouclée、つまり運命が決めた振り出しに戻る、って訳だから仕方ないんだけど、もうちょっと別なシメが欲しかった。なお、原作のthe Ghost とはエンディングを変えてあるらしいので、今度本屋で立ち読みして確認してみよう。
この映画は英語の会話と翻訳のスーパーポーズ半々で理解してたから、もう一回映画館まで足を運んで、こんどは画像だけじっくり見るつもりです。
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後記(3月20日):一週間後に再度見てきました。最初よく分からなかった部分もあったんで確認、本文も若干直しました。Alexandre Desplatによる音楽も、暗さとポランスキーのオカシミを含んだ感じがうまく現わされてる。4輪駆動の車が猛獣のように写されていたり、ゴースト君のキャラクターがイマイチはっきりしないのはゴーストなんだから当たり前か、と納得したり、二回目でもちっとも飽きなかった。なお、ゴースト君の名前は本当に一回も会話に出てこない。
ハリバートンがモデルだろう軍産メガ・カンパニーの名がHatherton だったり、ニマッとできる種はいろいろあるし、スコッチ・ウイスキーやナパ・バレイのシャルドネ、カルバドスとかの小道具もうまく使われてる(映画見た後、ついついシングルモルト10年もの、でもそんな高くないヤツを買ってしまった。)
さて、当映画のオフィシャル・サイト見つけました:The Gost Writer
下はトレイラー投稿情報: 2010-03-16 カテゴリー: Cinema | 個別ページ | コメント (4) | トラックバック (0)
痛めた膝も、キネ(日本で言うと理学療法師だそうです)に通って、どうにか足も引きずることなく歩けるようになった。気を入れて見たのはアイスホッケーだけだった冬季オリンピックもいつも間にか終わり、チリに大地震があり、太平洋の津波発生を心配していたら西ヨーロッパが冬の台風に襲われ、フランスでは53人の死者が出てしまった。台風一過の晴天と思ったら今度はもう一度寒波到来で、3月だと言うのに南仏・コルシカで大雪。大不況のほうも威力を弱めることなく世界各地で猛威を振るっている。
ギリシャ金融危機をめぐっての情報集めをしているうちに深みにはまり、CDSや財政赤字や為替スワップ、国債とかの素材と、中央銀行・政府・IMF、それにもちろんメガバンクやヘッジ・ファンドとかのアクターについて、つまり現在的超複雑系金融システムのことを調べれば調べるほど分からない事項が増えるばかりで、これでは一本のブログ記事にはまとめようも無い(書き始めたんだけど、途中でストップした)。
おまけに、財政赤字に追い込まれた国々を金融業社(メガバンク、ヘッジファンド)がスペキュレーションで追い討ちをかけてることに気がついた欧州の政治家やIMF、欧州中央銀行も動き出してるから、日に日に状況は変わっている。
(CDSとギリシャ財政の関係だけで一冊の本が書けるだろうと思うけど、CDSが下火になればなったで別の新しい金融商品が市場を荒らすことになるんだろ う。)
狙われているのは、ギリシャ、スペイン、ポルトガル、アイルランドと最初は言われていたけれど、この次のターゲットはイギリス、フランスになるのかもしれない。米国も危ない。
なんだか凄いことになりそうである。悪の機軸があって、よい国と悪い国に世界が二分されてたブッシュの世界とは大違いで、世界多極化陰謀説でさえ飛んで火にいる夏の虫的に単純すぎな、むちゃくちゃ複雑系金融システムが経済・政治を侵食してるから、(メディアにしても政府にしても)めったなことは誰も言えない。
おまけに次は、低収入家族の持ち家ではなく、米国で近年建てられたオフィス・ホテル・観光施設・ショッピングセンター・大型客船等のバブルがはじける可能性も高いそうである。つまり、それら大型建設をファイナンスしたクレジットに対して、実際の収入(オフィスやホテル、ショッピングセンターの家賃)はどんどん低くなってるから金利を償却できなくて(おまけに最近の建築はメンテナンスに金がかかる)、そのクレジットが雪だるま式に膨れ上がって、いつかは破裂するかも知れないって話だ。これはオリンピック時のギリシャもそうだったし、現在のフランスもそうだし、日本だって同様なんだが、米国の場合はクレジットがリボルビングで組まれてるから、サブプライムと同様にクレジット・バブルが形成されるととんでもない規模で負債は膨らんでいくわけ。
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と言うわけで、猫屋は金融・経済と言うブラック・ホールにはまり込んでおる訳ですが、いつかリンク集ぐらいはメモってみようと思っとります。じゃ。
投稿情報: 2010-03-12 カテゴリー: Privé / 私事 | 個別ページ | コメント (4) | トラックバック (0)