今日は朝8時に家を出て夕方に帰ってきた。途中、半時間ほど過ごしたカフェでは壁にTV画面がしつらえてあり、カイロの映像やナイジャリアでの仏人質殺害ニュースを流していたが、極力見ないようにしていた。
去年も金融危機から政治危機に社会危機、それに地震や洪水や旱魃・異常天候etc.と大変な一年だったけれど、2011年は、それにもましてミクロな個人の生活レベルでも、マクロな地政学的でも、ブラック・スワン的大変動の年になるだろう。我々はやっとどうにか一ヶ月を生き延びた;それもすごいスピードで。
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家に帰ってから、ネットをざっと見て回って、TVニュース局も見て、昨日ののこり飯を食べてから再度ネットでアルジャジーラと、ガーディアンとル・モンドのクロニクル記事を追った。
アルジャジーラはカイロでのライヴ・映像を停止:機材を取り上げられ、現地スタッフの一人が逮捕された。
多くのジャーナリストが拠点としていたヒルトンホテルの警備が予告もなくジャーナリストたちの部屋にやって来て、カメラなどの機材を押収。ホテル側は「ジャーナリストとホテルの他のクライアントの安全のため」だと言っている。
同ホテルの屋上からはスナイパーが広場の人々を狙って狙撃しているという証言もある(犠牲者の一人は頭を、も一人は首を貫通されたらしい)。
書こうと思ってメモした事項はたくさんあるんだが、時間が足りないし、はっきり言ってアタクシも(怒るのに)疲れた。昨日は2時間半しかねてないし。。。←はい、自分の勝手で寝てないから自己責任だって、言われる前に言っておこう。
これはガーディアンの書いてる一記者による見方だけど、今タハリーリ広場で繰り広げられていることは、かつて中国で起こったことと同じだ。対政府抗議が最大まで盛り上がるのを待って突然強固手段に出るのだ、と書いている。
たぶん、権力内部抗争の結果、病むムバラクから主権は副大統領スリマンに移ったのだろう。天安門の時と同じだ。
ただ1989年の中国には広場近くにカメラもパソコンもケイタイもなかった。今繰り広げられてるのは(たとえば孫氏の兵法etc)中世から変わることのない、力の戦術だ。恐怖を思想基盤にした無垢の力の政治だ。
今日起きたこと、もっと詳く、あした書きます。
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80歳になるエジプト人フェミニスト、Naval el-Saddawi は今夜はタハリーリ広場で野営すると宣言していた。
広場は、goon squard /壊しや部隊に囲まれている。
現地の記者たちによると、昨日2日の午後からいっぺんに様子が変わった。広場で取材していた、たしかスエーデン記者はナイフによる攻撃で負傷している。
人々は、衝突の双方をプロ・ムバラクとプロ・デモクラシー(exアンチ・ムバラク)と呼ぶようになった。
あした金曜は大祈祷の日で、エジプトばかりではなく多くの国々で集会が予定されている。さらに多くの流血があるだろう。
エジプトは10日目の紛争で食料などが大幅に不足、ヒスボラよりの新聞によると、これまではエジプト側からガザに物を運び入れるのに使われていた秘密トンネルでは、今は逆にガザからナイル側エジプトに物資が届けられているそうだ。
インシャルラ
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参考:リンク先も含めて、極めて濃いです。
英語読みの方に:ガーディアンEgypt protests - live updates ←現地のガーディアンとデア・スピーゲルとル・モンド記者がチームを作ってイスラム圏向け音声メディアを用意するという企画と、米メディアのムスリム同胞団フォビアに関するものが、猫屋的には興味深かった。
仏語はここ:(ネット・テク的にできはよくないんだけど)ル・モンドクロニクルEgypte : Moubarak "aimerait partir" mais redoute le chaos
これも:Egypte : risque de huis clos au Caire
写真はガーディアンから勝手に借りてきました。
も一度インシャルラ:皆に平和を。
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