すべて、泥縄メモなり。
左のグラフはこの1月27日に、エジプト政府がいかにインターネット網を遮断したかの図。いままでにも、フィルタリングとか短時間の故意的シャットダウンは世界中で起こってたけど、人口8300万人の国中ブラックアウトというのはネット歴史上初めてだ。同時にケイタイ電話、facebook、twitter も見事にブラックアウト。
昨日見ていたTVの現地特派員は、パリ放送局へヒルトン・ホテルのロビー固定電話使って音声送ってた。
エジプトはこの何十年もの間続いている非常事態宣言に加え、今日は午後5時から翌朝7時までの戒厳令がひかれていた。だから、街に出て抗議したあれだけの大衆は、エジプトの法に違反し、本来なら刑務所・拷問行きのはずなんだ。。。だが、人々が「もう何も恐くない」と叫ぶ時、彼らのダイナミズムを止めるのはかなり難しいんだ。おまけに、今は世界中がリアルタイムで目撃している。一国という閉鎖空間内での戒厳令下のクーデタというかつての図式は、いまでも有効なんだろうか?
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これは3日前アップされた地下鉄駅構内のプロテスト風景:26日のカイロと思われる。パリでのデモでも同じだが、居合わせてる人の多くがケイタイで録画している。
VIDEO
リアル・タイムでの画像報道はアルジェジラ英語版:Al Jazeera English: Live Stream ←起動するまでちょっと時間かかる。
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今、チュニジアもそうだが、北アフリカ各国、これにイエメンやシリアを含む中近東で実際に何が起こってるのか、把握するのは極めて難しい。かつてネオコン米国が“イラクの民主化”をきっかけに、“ゾーン”全体に広がるだろうと計算した“民主化”ドミノ倒し(結果は皆さん御存知の通り)が、チュニジアを基点に別の形 で現実化される可能性だってある。
別の形で、とアタクシが強調したいのは、“民主化”の中身なのだ。いったい、ネオコンが望んだ傀儡政権下の産業経済の(外資による)民営化のことではない。民主主義の民主化のことだ。お上から下りてくるオーダーではなく、国家の主権は国の中の人間たちにあるという、民主主義というコンセプト(共有される概念)の話である。
チュニジアでも、エジプトでも、またベルギーでも、機能しなくなった政府に対し市民たちが国旗を掲げ、国歌を歌って抗議する意味はここにある。彼らが望むのは独裁の終焉、あるいは社会正義と機能する政治機構と自由とパンと仕事だ。彼らはそれらの希望、つまり自由・社会正義・仕事・安全を保障するのが自分の国家なのだと訴えている。
これはチュニジアでの話しだが、今年の初めにウィキリークが「ベン・アリ政権はマフィア並みに腐敗している」という公電を公開し、それがネットで国中に広まってチュニジアの人々は(知ってはいたが直視しようとはしなかった)自分たちの国の実情に気づかされ運動がイッキに拡大した、というのがある。これは一種の都市伝説かも知れない。だけど、そういった集団意識の折り目というか転換ポイントというのがあって、社会変容は始めて可能となる。
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話は実に込み入ってるし、まだ関連文献全部読んでないから、ジグザグ・アウトラインだけ。
イスラム原理主義:政府が認めるエジプトの唯一の対立党であるムスリム同胞団というのはエジプトで生まれたスンニの結社。だが、去年の選挙で不法があったとし、第二回選挙をボイコット。実際にはムバラク政権との癒着があると言われれるが、選挙での獲得率はかなり低かった。
ムバラク大統領はこの30年来大統領;いわゆる終身大統領ですな。今年83歳になるが、昨年だったか欧州で手術を受けている。ムバラクは息子のガマルに大統領職を譲りたいが軍はこれを拒んでいる。ガマルは米国で経済を勉強してきたエコノミストだが、ナセル、サダト、ムバラクと歴代エジプト大統領はすべて軍人出だ。エジプト国家上部構造も軍人系人材で構成されており(ここはベン・アリのチュニジアとは大きく異なってる)、エジプトの国家組織の基礎を作っている。軍が危惧するのはまた、ガマルが政権について米国寄り経済改革を進めることだろう。
ムスリム同胞団は、一方で他のイスラム原理主義(アルカイダ等)がエジプトで展開するのを防いでいるという意見もあるし、ムバラクの党および同胞団の二党しかないエジプト政治内ではガス抜き役+他の政党を非合法化するための言い訳として機能しているという意見もある。今回の蜂起に同胞団は関与していない。デモにも原理系の人々は少ない。
エル・バラダイ 前国際原子力機関(IAEA)事務局長:多くの人々が彼を評価しているが、エジプトでは知識人・アッパークラス以外には知られていない。昨日帰郷したが、退職後もたしかウイーンに住み、この20年間外国暮らし、欧米受けはよくてもエジプト国民には縁が遠すぎ。
CIA陰謀説:ウィキリークスCIAエージェント説にもつながるんだけど、そりゃないだろう。CIAが活躍してない国なんて、少なくとも今までは皆無だったろうし、チュニジアでもエジプトでも、何らかの形でお仕事はしてたんだろう。だが、今回は事の成り行きが早すぎる。これまで急速な展開を、誰かが企画して実行してるとして、目的はなんだ?我らのマトリクスには、よかれ悪しかれ、アーキテクトは不在だろう。
ただアウトラインとしては、アルカイダは始め、対共産戦争のために作られた組織であり、ハマスは当時のアラファトPLOを弱体化する目的でイスラエル政府が援助して始まった。サダム・フセインもかつては対イランの目的で米国がてこ入れしていた、というのがある。欧米は対テロ、つまり対イスラム原理主義、ついでは対イランの目的で周辺ムスリム国家の独裁者たちとブロックを組む必要があると言い続けてきた。なんだか、ベルリンの壁が落ちる前の、反共同盟も思い起こさるわけだ。。。
だが、だが、(話をどっちに持ってったらいいんだかわかんないが、、)要するにそんなこんなで30年がたってしまった。
人々が要求しているのは、自由(報道・発言・政党・労働運動と検閲の撤廃)、社会正義(汚職と拷問の撤廃と司法の独立)、平等(一部階級による社会構造の独占解体)、そしてパンと仕事だ。
飢餓蜂起:先週25日tf1が流した穀物価格上昇のニュース映像Qui fait flamber le prix des céréales ? (ネットで見た)で、チュニジアのおっさんたちがバゲット・パンかざしてデモしてる映像があった。パンよこせ蜂起である。パン蜂起は1984年あたりにも北アフリカ諸国で起きている。地中海沿岸の国々では貧乏人はパンをオリーヴ油に浸し、砂糖をたくさん入れた緑茶を飲む(結果糖尿病も多い)。だから、小麦や砂糖の価格が上がれば、彼らの生活はとたんに行き詰まる。
チュニジアとエジプトでは、国の大きさから社会的構造まで大きく異なってる。チュニジアの人口は1000万人。エジプトは8300万人。チュニジアに比べると、エジプトではまだ高等教育を受けた人口も、中産階級の比率もずっと低い。エジプトでは、一日の収入が2ドルの貧しい人々が大多数だ(女性の96パーセントは割礼を受けていると言う数字もある。つまり残りの4パーセントが中間・および富裕層だと想定できる)。
だが、ふたつの国に共通するのは、長年続く独裁政治と、若年層の比率の高さ(エジプト人口の32パーセントが15歳以下で平均年齢は23歳、チュニジアでは15歳以下は23パーセント、人口平均年齢29歳)だ。そして学歴があろうとなかろうと、仕事がないこと。チュニジア経済はベン・アリとその義理の家族が牛耳って、彼らとのコネがなければ仕事がもらえなかった。エジプトでは、軍にかかわりがなければ、仕事が見つからない。また、長年の独裁政治で、汚職が一般化し収入格差は拡大してきた。なお、エジプト国家予算のたしか15パーセントは軍事に費やされている。
付け加えれば、被植民歴史的に言って、チュニジアはフランス型政治社会性格をな持ち、エジプトは英国経由の米国型。
だが、いずれの国でも国民の半数以上を占める若い人々は(都市部に限るかもだが)、ネットやパラボラTVで、世界で何が起こっているか知ってるし、ケイタイとTwitterとFacebookを使ってフラッシュ・ムーヴを企画し、外国へ向けて情報を流す。外国からも、仕事や留学で出ている同国人、あるいは現地国民を支持する無数のアノニマスからの支援あるいはメッセージを受ける。
そこで思うんだが、クラシックな、たとえばアルジェリアが選挙したらイスラム原理主義党が大勝なんてことには、今時ならないんじゃないか?これだけ、ネットが一般化し、情報が交差し、それでもタリバンやアルカイダやハマスとかのイスラム原理主義が、人々が望む「自由」を与えると、誰が信じることができるだろうか。同時に、嘘ついてイラクを攻撃し退散、おまけにイスラエルを押さえきれない米国の外交に、誰が自分たちの将来を託したいと思うのだろうか。
これまでは、米国政府は慎重に対応してきた(少なくとも、ブッシュが大統領でなくてよかった、とは言えるだろう)。ヒラリー・クリントンがエジプトに対する援助をストップするとカマかけたようだけど、どうなったか。。
いずれにしろ、ネットを見事にシャット・ダウンするというのはかなりヤバイ状況にムバラクがある、という証明だと思う。
軍が一時的に国の安全を保障するのはOKだが、クーデター後、別の独裁者がこの先何十年か大統領に着くのでは、何も変わらない。(ベン・アリやムバラクの後任に若干ソフトな新独裁者が君臨する、ある意味プーチンとメドヴェジェフみたいなもんだが)というのが欧米列強の望むトコだろうが、そうは問屋が卸すかどうか。。。。
独裁がどうであれ、陰謀がどうであれ、貧乏人が蜂起するとそのダイナミズムは誰も止められない。あのフランス革命も、問屋が投機を目的に小麦をストックしてパンの値段が上がって始まったのだよ。
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自分はまだ読んでない参考集
ウィキリークス公開の公電;エジプト軍評価(仏語):L'armée égyptienne est en déclin mais elle reste puisante
ル・モンドディプロから:L’Egypte des ventres vides ← 2008年5月の記事
Retour vers le futur dans le monde arabe ← 2009年8月の記事、副題はナショナリズムとイスラム原理主義の間に。なお以上の2記事は日本のディプロスタッフがすでに翻訳してるかも。
今日のル・モンドから:Washington prêt à revoir son aide à l'Egypte
Mediapartから:Flambée des prix alimentaires : mêmes causes, mêmes effets
これまで全部仏語でしたが、こちらは英語:Anonymous Operation: Egypt
エジプト軍の仏語版ウィキ:forces armées égyptiennes 英語版:Egyptian Armed Forces
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今夜のおまけは、このんとこ猫屋の耳から離れてくれないMelissmell の Aux Armes アニメ版をもう一度。