ノルマル・シュップの経済学者コーエン教授の記事を見つけました。何日か前のル・モンド紙のものですが、いつもどおり分かりやすい文で現在の世界経済をズバッと分析しています。見通しはまったくもって暗いわけですが、回答は質問が明確になった時点で見つかるものだ。コーエン教授の組み立てている分析にしばらく伴走しようと思います。
Une crise qui ne règle pas les problèmes qui l'ont générée, par Daniel Cohen
Editorialiste associé自ら生み出した問題を解決できない危機、ダニエル・コーエン
ル・モンド 2009年8月31日 客員エディトリアリスト
2008年9月15日、企業向け投資銀行リーマン・ブラザースが破綻した。心筋梗塞に打ちのめされたかのように世界経済が崩壊した。1929年においてさえ転落はこれほど急激ではなかった。一年が過ぎた。一言でいえば、各政府は“ジョブをこなした”。金融システムは救済され、需要の低下は国家赤字による出費で緩和された。第2四半期に計上された好結果(フランス、ドイツ、日本のプラスの成長率)は、確かに不安定なものだ:予期される失業率上昇と乗用車スクラップ援助金の効果の限界は、不測の事態を用意している。。。
1929年危機の繰り返しはないとの判断が一般化したように見える。とすれば、これはいいニュースだ。悪いニュースもある:現行の危機は1929年のそれとは似ても似つかない。それは21世紀に迷い込んだ20世紀の危機ではない:グローバリゼーションの最初の危機なのだ。この見地でいえば、危機を招いた原因のすべてが未解決のままだ。
振り返ってみよう。現行の危機は二つの主要な断絶から生まれた。最初の断絶は1980年代にあった:金融革命のあと株式市場が企業の指揮権を握るようになった。株式市場は新しいマネージメント・モードを定めた。企業は、1950・1960年代に考えられていたような、社員の誠実さや長いキャリアを優遇する組織であることをやめた。それ以来、企業の目標は即時の効率だ。人材マネージメントのベースが、勤続年数からボーナスに移行した。マヤ・ボーヴァレ(Maya Beauvallet)がその著書 Les Stratégies absurdes (ナンセンスなストラテジー、Le Seuil) で見事に示すように、即時の結果志向は他者を食いつぶす傾向を持つ。仕事の質への配慮と企業への誠実は消え去り、それが引き起こす症例が何であれ、決められた目標のみが重要となった。
グローバリゼーションが世界を揺るがした第二の断絶である。それが開発途上国の工業化を可能にし相反する二つの効果をもたらした:工業製品価格の低下と原料価格の上昇だ。結果、人々は液晶画面やiPod をますます安い値段で買い、同時に暖房・食料・交通費といった基本的出費はますます上昇する。世界経済はアクセルとブレーキを同時に踏みながら前進する。突然の衝突は避けられなくなった。
1970年代、原油価格の上昇は成長を妨げ、スタグフレーションという新しい悪を生みだした。エネルギー価格上昇をカバーするため勤労者は賃金上昇を要求し、それを獲得した。2000年代、インフレは抑制されていた。工業製品価格の低下と給与交渉権の衰退は賃金インフレーションを消滅させた。過剰原油ストックは、1970年代のようにインフレの影響によって減少されず、より利潤の高い投資先を求め世界経済内をさまよった。
この全体的傾向にもうひとつの問題が接木された。工業製品の巨大輸出国であり常軌を逸した原料消費国でもある中国が投げかける問題だ。この国がもうひとつの不均衡を付け加える。社会保障制度の不在、低い給与、やってくる人口老化に対して、中国の人々は収入の50パーセント近くを預金に回し、結果として常識はずれの貿易収支黒字を生み出した。そうして中国は一種の“ブラック・ホール” を形成した。原料産出諸国と同様に輸入国であるにもかかわらず、中国は著しいキャッシュを世界経済内に漂わせている。
以上が、その中でサブプライム危機を評価するべき枠付けである。原油過剰ストックと中国は代償を求める。長期的展望を無視し、米国を借金漬けにするという前代未聞の方法を発明して、ウォール・ストリートはその代償を供給した。アラン・グリーンスパンの行った寛容すぎる金融政策と、犯罪を後押ししたウォール・ストリートでのボーナスに危機の責任はあるとみなすのが定説だ。これらの非難に根拠がないわけではないが、この二例の背景はより広大なものだ。膨大なキャッシュは世界の新しい不均衡(複数)の表明であり、ボーナスは資本主義の新しい精神なのだ。すべてのものがいっぺんに消滅するわけではない。
短期的にはどうなるのだろうか?クレジット・バブルが崩壊した現在、米国の家庭は貯蓄し始めるだろうが、これは米国の国内需要が急速には回復しないことを意味する。危機はぐらついた解決を反故(ホゴ)にしたが、代わりとなる策を提供しない。二つの可能性が挙げられる。まず、新たなクレジット・バブルが崩壊したバブルを引き継ぐか(現在は国家赤字がその役を担っている)、あるいは中国と原油の過剰を吸収することができず世界成長率は低調を続けるかだ。いずれの場合にも新たな幻滅が見込める。。。1929は避けられたが、この危機の根源となった毒は効き目を失っていない。
Daniel Cohen
お久し振りです猫屋さん。充実した夏をお過ごしの様で何より。
31日のルモンドオピニオン欄は結構豪華(?)でしたよね。editoは日本の選挙だし、コーエン先生のこの記事と、アシュケナジ先生の危機下の若者状況、というか最後は学歴デフレ・インフレの話になってたけど、の記事。コーエン先生のこれは取っておいて「後で読む」に回してました。(先生obsにもインタヴューがあるし)訳出ありがとうございます。
「断絶」と言えば、若者世代は将来への展望も何もぶちぶちぶっちぎられているのじゃないか、現実世界に参戦する以前に敗者復活戦みたい、なんて思ってしまいます。知り合いの若者たちが「大学とは専門教育によって就職を有利にする場だ」などと言うのを聞くと、「つまらないやつらだなー」と思うけれど、今現実の大学が「教養主義」じゃどうにもならないのでしょう。
では、教養なんてあったのか? 全くなかったら、やはりつまらないなーと。
投稿情報: みみみ | 2009-09-08 14:29
おひさしぶりです。
このコーエン教授の見方は極めて面白いのに、あんまり読んでくれる方は多くなくて、腐っていたところです(まあ、うちのブログがマイナーなだけなんだけどさ)。
マリアンヌにも成長率マイナス論のブロガーによる記事がありまして、ラジオでのダニエル・コーエンのトーク映像にチャチャを入れてる。映像だけ見てみてください。
http://www.marianne2.fr/Daniel-Cohen,-teleconomiste-de-la-Terre-Plate_a181999.html
オプスの記事も読んだです。クルッグマンより説得力あるよね。
実は上の翻訳を終えた時点で、ググってたらコーエン教授の新刊が出たことを知り、翌日に本屋に出向いて買いました。いや、なかなかパンチのきいた良本で、全部翻訳したいぐらいなんだけど、アタクシ、日本の出版社とのコネクションないからなあ。。。こういうとき無名人は弱い。
まだ半分も終えてないんだけど、今夜あたり、この本の紹介文をアップしたいと思ってます:よろしく。
就職戦線がきわめて厳しいのはいずこも同様で、卒業生たちがいっせいに労働市場に出る今年の秋はかなりムゴイことになりそうです。教育システムを、生産システムにあわせて変えるには最低5-10年はかかるんだろうと想像できますが、実際の世界経済の変化スパンがドンドン短くなっているし、たとえば2年後の経済モデルさえ見通しができない。同時に、成長率が若干上がってもそれは失業率を下げる効果をもたらさない。米国と欧州の数字としての失業率が10パーセントをこすのも時間の問題のようです。
ただ、現在のような状況では、かえって“教養”つまり一般的savoir をより多く持っているほうが、それは少なくとも“生き残る”力になると思う。これは“いかにしてより多くの金を稼ぐか”という意味ではまったくないですが。
たとえばコーエン教授は数学をやって、ノルマル・シュップに入り経済に進んだ。フランスでは数学の天才の多くが、年間7000ユーロとかかかるエコノミー系グラン・ゼコルののち、イギリスか米国で留学もこなしてMBA取って、金融界あるいは企業のコンサルタントになるっていう“王道”を進むわけですが、はじけた現行金融システムを創り出したのは、彼らです。これが英国ではロンドン・ビジネススクールだったり米国のMITやハーヴァードだったりする。
けど、ノルマル・シュップでは複雑系の数式ばかり学ぶわけじゃなくて、思想史や社会学もやってるんだと思います。経済とはマネージングだけじゃない。そこいらへんから言って、コーエン教授やピケティ先生のやってる研究や一般者向けの著作がもっと読まれていいと思うんですよね。経済とは金を生み出すビジネスというマジック・ボックスではなく、人間社会を構成する枠であり、金とは本来、人間と人間をつなぐ媒介としての交換製品だったことをも一度思い起こすべきなんだと考えています。
投稿情報: 猫屋 | 2009-09-09 15:14