2006年に出版され、ゴンクールをはじめ多くの仏文学賞を獲得、同時に大きな反響を呼んだジョナサン・リテルの“大作”が、今年に入ってからフォリオ文庫版(1400ページ)と、ドイツ語翻訳版もほぼ同時に出版された。
この書は、猫屋おととしの秋から暮れにかけ、4ヵ月かけまして読み終えたわけですが、当ブログでは何回も紹介・感想を書いており、内容について再度詳しくは触れません。
ただ1年と何ヶ月の時間がたって、あの本を読むという“経験”自体を少し冷静に考えてみた。あと、アルテで放送された番組も見た。アルテ・サイトで、ドイツでの出版にちなんでベルリンで行われた、リテルとダニエル・コーン-ベンディットの仏語での公開対談も聞いてみた。
“レ・ビヤンヴェイヨント、文学現象” アルテの番組紹介:Les Bienveillantes, un phénomène littéraire
2月28日ベルリンで行われたダニーとリテルの対話、リアル・プレーヤー版です:Jonathan Littell et Daniel Cohn-Bendit en direct du Berliner Ensemble
リテルとダニーの対話はいろいろな意味で興味深い。 長いけどイッキに聞いたですよ。
コーン-ベンディットは、フランスに生まれ、ドイツを逃れたユダヤ系ドイツ人の父親と、フランス人母親の家庭で育ったが、兵役を逃れるためにドイツ国籍をとって、68年紛争時にフランス国外退去令を受けている。今はフランクフルトを中心に、エコロジー系政治家として活躍してますね。もちろん、仏-独語両使い。
リテルは、両親はユダヤ系米国人だが、フランスで中等教育を受け完璧な英・仏使いだが、ドイツ語は話さない。現在はフランス・米国の2重国籍をもち、ベルギー人の奥さんとバルセロナに暮らしている。
というわけで両者は仏語で対談し、ダニーが作品、あるいは歴史についてリテルに質問をするというスタイルになっていますが、これはレクターと書き手の会話としても解釈できるし、ドイツ人がフランス語作家に質問するとも、1945年うまれの政治家ダニーと1967年うまれのジョナサンの2世代の“国境を越える”人間たちの対話としても、聞けますね。
たとえばリテルは、何故ワーグナーではなくバッハを各章のタイトルに使ったのか答えてます。またある批評家の、主人公マックス・アウは嘘をついているかも、という指摘に対しジョナサン・リテルが、それは思いつかなかったと告白してます。
ナチスをめぐる独歴史家たちの仕事について評価しつつ、歴史研究があまりに“真面目”なので、ナチスの極端なキッチさ、が歴史文献から消えてしまうし、またビスコンティはナチのホモセクシャリティを美化しすぎ本来のナチ猥雑性を遠ざける結果になった、と(いった内容のことも)言ってる。
Daniel Cohn-Bendit Wiki fr
Jonathan Littell Wiki fr
Les bienveillantes Wiki fr Wiki Deutch Wiki English フランス語版ウィキはかなり長いですが良記事になってます。作品内容紹介に加え、作品への評価・批判も多く引かれている。
結局のところ、文学作品としての質は横に置いておいても、パワフルな力(あるいは暴力性)を有した作品であることは否定しようがない。論議を巻き起こす本であることも確かだ。
歴史資料の小説内での使い方や SS将校を主人公に持ってきた視点のとりかた、ホモセクシャリティや近親相姦といった“タブー”が、実は1941年から1945年のヨーロッパで繰り広げられていた“悪”自体とある種のバランスをとるという構成自体が、リテルのオリジナリティだし、シュペーアやアイヒマン、ベルギーやフランスのナチ協力者の人間としてのポートレートを描き出すことに成功しているし、いかにしてヒットラー個人の妄想だったユダヤ人消滅が、国家システム自体の目標となってしまうか、いかにしてそのシステムの“生産性”が“向上”されていくか、またどこからシステムが腐敗・崩壊していくのかが、徹底的に描かれている。
同時に、コーン-ベンディットが明かすように、あまりの残酷さの、あまりに冷静な描写に、読者はこの本を壁に向かって投げつける。(そして、同時に、残酷が人を魅了する。)
リアリティとヴァーチャル、つまり現実と創作の喫水線という、実はそれほど明解ではない極めて21世紀的問題も、この本はすぐれて体言化していると思います。
なお、イタリア語とスペイン語版はすでに昨年秋に出版され、ドイツ語版(2月23日)のあとは、イスラエルでのヘブライ語版が今年5月、英語版(The kindly ones)は2009年2月に出版予定だそうであります。
参考:ガリマールのレ・ビヤンヴェイヨント紹介ページ
ドイツの出版社紹介ページ Die Wohlgesinnten
あと1年、待ちます。
こういう長大な本って、日本なら必ず分冊するんですが、こっちではどんなに厚くなっても一冊なんですよね。
おかげで机の上でしか読めない(苦笑
投稿情報: ぴこりん | 2008-03-05 10:20
そう、文庫版でも1400ぺージですから。
家でしか読めないから、壁に投げつけられる。ダニーは3回投げたそうです。
なお、ニコラ一世と暫定的かつ妊娠してるらしい奥方のロンドン(日帰りに変更したそうだ)旅行もたしか、そろそろのはず。ぴこりん氏、および英国広報担当者のみなさま、よろしくお願いいたします。
投稿情報: 猫屋 | 2008-03-05 13:14
まずはお詫びを。猫屋様が専業の翻訳家でいらっしゃるのを充分把握せず、気楽に訳語の提案などしてしまいました。冷や汗ものです。(でもアタッチメント結局どう訳されるのでしょうか?)
さてこの本とても気になっていましたが、本が厚すぎるのと、メディアがこぞって誉めそやすのと、ゴンクール賞なんか貰ったりしたので、これはしばらくホトボリが冷めるの待つしかないのかと思っていたところでした。でもこの記事を読んでダニーじゃないけど私も壁に投げつけたくなるほどの激昂感を味わいたいという思いに駆られてきました。文庫本も出たようですし。今読み耽っているFrank Thilliez のスリラーが終わったら早速 腐奈苦へ赴く積もりです。
投稿情報: 夜明けは近い? | 2008-03-09 19:59
夜明けは近い?氏、
お詫びはなしで、というのは猫屋の翻訳はたんなるアマチュア技なのであります。だって訳すの遅すぎで注文がどこからも来ない(笑)。趣味というにはあんまり楽しくないんだけども。
あっ、アタッチメントをすっかり忘れておりました。明日あたり、訳サジェスチョンリストを加えておきます。
なお、ビヤンヴェイヨントですが、読み終えるまでにかなりの体力が必要なのでお気をつけください。読み始めたけど途中でリタイア読者の率が知りたいところです。
投稿情報: 猫屋 | 2008-03-10 00:42