先に訳しましたル・モンド社説;監視と処罰 Surveiller et punir の翌日に掲載されたバダンテールへのインタヴューです。漠然とした知識は(なぜか)ちょびっとあっても、実際の法律語法厳密性にはとんと縁がない猫屋の人生でして、憲法・刑法専門家による純正ジェニューイン訳はどうなるのかなあ、などと思いつつちびちび訳してみました。
Robert Badinter : "Nous sommes dans une période sombre pour notre justice"
ロベール・バダンテール:「私たちは、司法(正義)にとって暗い時代に突入した。」
ル・モンドインタヴュー 2008年2月23日
ニコラ・サルコジは破棄院(仏最高裁判所)第一判事長(le premier président de la Cour de cassation)に対し、2月22日金曜、危険な犯罪者に対する安全禁固の、刑期終了後即時適用にむけた“提案”を要求しました。しかしながら、憲法委員会はすでに木曜の時点で、即時適用を削除する判断を下しています。どうお考えですか?
フランス国家の法最高機関の長に、憲法委員会決定を回避するよう依頼するというのは奇妙なことです。憲法委員会の尊重は、憲法自体によってすべての共和国機関に課されています。もしも大統領が委員会の決定に反する意志があるとしたら、残された方法がひとつだけ存在する:議会における憲法見直しの要求です。両院合同議会でのランデヴーとなるわけです!
憲法委員会の決定をどう解釈しますか?
委員会は、安全禁固が憲法に沿ったものだと認めました。 しかし、これは刑罰ではないと判断すると同時に、過去にさかのぼっての適用は、刑罰とまったく同じように不可能だと明言している。 実際には、このシステムはこれから15年の間実施されません。それ以降であっても、この措置の実施には問題がつきまとう可能性がある。 (刑法における最も重い判断である)遡及性=過去にさかのぼっての適用削除に、憲法委員会は重要な解釈をつけ加えた。 権限を有する法廷に、「受刑者は、受刑期間中、人格障害上の症例に適した処置を実際に受けていたかどうか検証する」ことを課したのです。
ここから二者択一が生じる:治療はなされなず結果として受刑者は安全禁固収容所に送られない場合と、必要とされるすべての手段を刑務所が有しているとして - このためには刑務所の根本的改革が必要ですが -(人格障害症例が)考慮され治療が行われた場合には、受刑者の保安禁固収容自体がおそらく発生しないことになります。 ここで私たちが見出す状況は、ADN(遺伝子)に関する法のケースに近い:憲法委員会は遺伝子法(訳者注;移民の家族呼び寄せには、遺伝子検査結果が必要とする法)を有効と認めたわけですが、この法は実際にはまず適用できない。 さらに、今から15年の間に、おそらく政治与党は交代するでしょう。
委員会はこうして、該当法における害毒部分を削除しました。 けれど、犯された犯罪行為とは無関係な、危険性に関する禁固の原則を受け入れた。 いったい誰が、法(正義)が霧のなかに突入するのを認めないでしょうか? 危険だからといって監禁するという、このコンセプトは限りなくあいまいです。 一人の人間が、行った行為の結果ではなく、行うかもしれない行為のために監禁される。 自由社会の基盤のひとつである概念を見失う。 人は、自分が行った行為に責任があるからこそ投獄されるのです。 私たちは、責任の司法から、安全の司法へと移行しつつある。これは私たちの法・権利(le droit)にとって重大な分岐点です。 私たちの司法(正義)基盤が侵害を受けた。 仮想の犯罪を犯しうるから有罪だと容疑されたら、無罪推定(la présomption d'innocence、訳注;刑が言い渡されるまで被告人は無罪とみなされる)はどうなるなるのでしょうか?
けれど、その分岐はすでの憲法内にあります。
憲法委員会の議長だった時(1986-1995)、私は自分のオフィスに、ある小ポスターを貼りました:「憲法に反する法はすべて、必然的に悪法である。 けれど、悪法のすべてが反憲法ではない。」 安全禁固の法が憲法に沿うと判断されたからといって、その性質が変わるわけではない:それはつねに悪法であるでしょう。 司法にとっての黄金時代がありました:拷問・徒刑場の廃止と死刑撤廃、フランス市民にとってのヨーロッパ人権法廷での上告可能性。 現在、私たちは司法の暗い時代に入ったのです。
左派が政権に再びついた場合、この法は廃止されるでしょうか?
左派が権力についた場合、安全禁固に関するこの法が撤回されることを私は望みます。左派はそれで放免されるわけではない。 危険な犯罪者をどう扱いうるのか、考え直す必要がある。 オランダやベルギーの例にインスピレーションを受けた解決法があります。
予審の開始時から、犯罪被疑者の診断を確立する複合分野での考査が必要です。 この診断から、重い人格障害症が引き出され、それが医療-精神科の領域に入るものなら、被疑者は隔離医療施設に、状態に比例した、未決定機関の収容される。 あるいは、法廷において自己の行為に返答できる場合、刑務執行期間において、長期刑犯罪者の場合、必要な治療を施すことができる。刑務所が、無為の時間となってはいけないのです。 これはすべての囚人に当てはまるし、人格障害を持つものにはそれ以上のものだ。 けれどそのためには重要な投資が必要とされ、フランス国家はこの問題を解決できないでいる。
法の新たな硬直化が心配されますか?
次の衝撃的な三面記事的出来事で、それが分かるでしょう。 重大な犯罪が一個人によって行われ、その個人が数年前に殺人あるいは強姦を犯して、しかし、該当法によって規定された15年ではなく、たとえば10年の刑罰のみを宣告されていた場合、(訳注;安全禁固適用に必要な)必要期間の短縮が要求されるでしょう。 そうやって、引き続く書き直しの結果、安全禁固の領域は広まっていくことになるわけです。
聞き手 アラン・サル(あるいはサレス)/Alain Salles
参考:Les Matins
フランス・キュルチュール2月27日朝の番組でもバダンテールが当問題に関して、長いインタヴューに答えています。ただ番組自体がニュースも含めて2時間以上あるのだ。元法務相のインタヴューは始まってから40分あたり以降。最後近くの討論では、ギー・モッケが遡及性法適用で死刑になった話も出てきます。仏法専門の方にお勧めのリンク。
Maître Eonas によるJournal d'un avocat から
De la rétention de sûreté et de l'absence de retenue de l'exécutif
このブログ、弁護士のブログとしてはもっとも多く読まれていると思いますが、安全禁固と憲法委員会について長い論議を展開しています(アタクシは全部読みきれなかったですけどもリンク)。
また、該当“安全禁固法 / rétention de sûreté ”は2月26日の官報(journal officiel)に掲載、つまり公布(promulguer)されました。
訳者後記:法曹関係者から、大きな批判が起こったこの法なんですが、ダティ法務相を初めとした政権内部の政治家の「殺人者を野放しにしていいのか、、」等の発言が目立ちました。元来は首相が政治を執行し、外交および国政の方向付けと憲法つまり三権分立のガードマン役が大統領の職務だったはずなんですが、昨年5月からなにやら各役職のロール・プレイが大きく変わった。結果、大統領は憲法委員会決定にオマケをつけるし、司法システムを守るはずの法務相が単なる大統領のオーダー執行者となっている観があります。
バダンテールがミッテラン政権下で死刑執行の廃止を議会に通したとき、死刑廃止に反対する国民の率は64パーセントだったとバダンテールはラジオインタヴューで語っていますが、今回の憲法委員会の決定が発表された時点で、新聞ル・フィガロが発表した“安全禁固”支持率も同じ64%だったと記憶する。 「安全禁固」も、選挙を前にした元内務相サルコジの、保安点数稼ぎである意味合いを含めて考える必要があると思います。
翻訳本当に助かります。大学では憲法院の判決のコメントーについての報告をする予定だが、フランス人の僕には「rétention de sûreté」等の翻訳はなかなかむずかしい^^;Badinterはフランス人が誇れる方ですね。日本まで彼の考えを普及することも、感謝致します!
投稿情報: moshimon | 2008-03-12 13:44
moshimon氏、
私は法専門ではないので、単なるarbitoraireな訳しかしてません、;)
でも、自分がもっとちゃんと理解したくてやってる翻訳が、誰かの役に立ったとしたら、うれしいことです。
もうこちらに25年滞在していて、この国の誇れるlumière 思想、それに、バデンターやヴェイユたちの仕事の恩恵を受けてる。彼らは、もっと知られていいと思います。あと今の立法機関がとんでもない法律を作っちゃうのも、とても困るので、歴史や法律に関するbillet も時々扱ってます。時々、見に来てね。
投稿情報: 猫屋 | 2008-03-13 03:06