この2年間の間、フランスの全住民は、だまされてたわけだ。で、プリンセスはエリゼ・シャトーに一晩も過ごさず退場のはずが、、、→ → →
*
ラグビー・フランスチームもメタメタにアルゼンティンに(二回も)叩き潰された。個人主義の勝利というか、敗北というか。ま、全体像で言えば、マーケティズムの勝利ではあるな。
個人主義のたどりつた先にはもう、個人は存在せず、利潤とコストだけが残ったのだった。
つまり社会(スポーツで言えばチーム)が、リアルな個人と個人のつながり(これが社会なのに、)を失うとき、関係性という環境内(たびたびですみませんが、これも社会のこと)で生成するはずの人間は、単なる数字となり、人間であることをやめてしまうだろう。
関係ないけどミシェル・フーコーはすごいです。>意味不明なエントリーですみません。
参考:ELLE RLLE インタヴュー
+、もひとつ
"個人主義のたどりつた先にはもう、個人は存在せず、利潤とコストだけが残ったのだった。"
これって、資本経済と個人主義の枠組みを捉え違えていませんか?
資本経済は制度と枠組みであり、
個人主義は内的状態であって
相互に関連しあいますが、系は別であると思うのですが。
おそらく
"先鋭化した資本経済は、個人主義の下僕を装っていたが、
はたしてその極限の先では個人主義は資本主義に飼いならされ、
果たして利益とコスト という数字によって規定される存在となった"
ということを意図されておいでだと思うのですが。
投稿情報: Aesop | 2007-10-20 03:17
いや、これは極めて“個人的”な、いつもの感情でしかないんですが、まあ、もう少し考えないと論理的に説明できないかも。
ただ、バブル以前の日本を脱出してやってきたヨーロッパは、当時のアタクシにとっては、個人主義イキスギと見えた。ところが、何年か経って帰った母国は、また別の意味での個人主義=消費主義の国になっていた、のだと思います。いや、説明になってないですが、、。今夜はこのぐらいで勘弁してください。フーコー的に言えば、権力構造自体がfluide、つまり流動的になった。(産業界・つまり資本の進める)科学がそれを加速化しています。この次何がやってくるのか、を誰もを限定できない状態なんです、たぶん。
投稿情報: 猫屋 | 2007-10-20 05:24
Aesopがおっしゃるとおり、だと私も思います。
しかし、これは主意がセシリアやラグビーの話、阪神ファンに、なぜ阪神はクライマックスシリーズとやらで負けたのか分析して解説する事の無意味さと似ているわけで、酔っぱらって高邁な?お話をしていて翌朝目が覚めたら、酒の飲めない男に「実は昨日のお話ですが』とやられるのに似ているような気がしますが?
投稿情報: しんちゃん | 2007-10-23 02:30