今のフランス映画って、いくつかの例外を除いた多くがミニマリスト過ぎで(というか、なんか隣人の生活を覗き見してるような気になるんで)あんまり好きじゃない。だから、よっぽどのことがないと映画館まで足を運ぶ気になれない。でも、いろいろな意味で3月11日の公開以来話題になってるこの映画Welcome は、普遍と個、言い換えればマクロ世界とミクロ世界を交差させるという極めてデリケートな映像づくりに成功しているのでありまして、観にいって正解だった。
なお、この火曜日までの三日間、フランスでは春の映画フェスティバルで、一本たしか3.5ユーロ:時間ある人、行くべし。
公式サイトがないようなので、トレイラー貼っとく。
いわゆる社会派映画というのがあってイギリスのケン・ローチ、あるいはベルギーのダルデンヌ兄弟など優れた監督が存在するのは知っているのだが、チキン(プール・ムイエ)なアタクシは悲しい映画は好きではないのだ:それで一切見たことない。
難民の“不法”イミグレーションを扱うドキュメンタリー映画は多く撮られているし、フィクションでも今年になってからだけでも米国・カナダの国境を扱ったFrozen River や、ギリシャ・フランス映画の Eden à l'Ouest (西のエデン/クーリエの批評)などが封切られている。現在の経済危機、政治不安、そしてやがて大きな問題になるだろう世界レベルでの気候変化を考えても、これからさらに大きな規模での難民移動が予想されるわけです。
ストーリーの骨格は単純です。クルド少年ビラルは、今はロンドンに家族と住む恋人に会い、あこがれのマンチェスター・ユナイテッドのサッカー選手になるという夢を抱いて、イラン北部から3ヶ月歩いてカレまでやってくる。そして、passeur / 渡し屋に高い金を払い、トレーラーに乗り込んでドーバー海峡横断を企てるんですが、税関のCO2検査で発見されてしまう。イラクが戦争中であるという理由から、強制送還を免れるビラルは、それでは泳いで海峡を渡ってやろうという、とんでもない計画を立てる。市営プールに行って、インストラクターであるシモン(ランドン)に2回のクロール・レッスンを頼む。。。。
こう書きながら、なぜか小説《海辺のカフカ》の少年を思い出しました。
さて、このWelcome の監督はフィリップ・リオレ/ Phillipe Lioret 、主人公の水泳コーチはベテランのヴァンソン・ランドン/ Vincent Lindon 、17歳のクルド少年ビラルの役をやっているのは、フィラット・アイヴェルディ/ Firat Ayverdi。たしかパリ郊外でオーディションで選ばれた彼は撮影時には17歳で、これまでに演技はいっさい経験したことがないそうです(またロンドンに住む彼の恋人ミナ役をやっているDerya Ayverdi は実際にはフィラットの姉妹だとか、、 )。
映画の作りは、シンプルなシノプシスときっちり構成された展開からなっていて、カメラは舞台である北フランスのカレ(かのカレーの市民のカレ)の暗い空と荒い海からなる海岸線のロングのプラン、そして登場人物を撮る時のアップ、そして指輪やメダルや電話やビールや引きちぎられた写真といった小物がアクセントとして使われ、また少年ビラルのテーマとして繰り返されるピアノの旋律が、ドラマつまり悲劇を盛り上げていく仕組みになっています。
(ル・モンド記事でフィリップ・ポンス氏が書いているように)社会の中では影でしかない難民の少年と、はじめは難民問題にまったく無関心だった男の間に、ひょんなことからつながりが生まれる。隣人の密告から、男はやがて警察に拘束され尋問を受けることになるが、それでも男は少年をかばい助ける。やがて、ひとり海へと出発してしまう少年に、冬の海峡横断は不可能だと知りつつ希望を託す中年男の心の変化のプロセスに、私たち観客はしだいによりそっていくことになるわけだ。
シモンは、実は元水泳チャンピオンなんだが、今は別の男と暮らす奥さんとは離婚争議中の、言ってみればルーザーです。そして教師である元奥さんは、カレの難民を助けるボランティア活動をやっている。だが、シモンは難民には一切興味がない、というよりたぶん他者一般に対してさしたる興味を持たないまま人生を過ごしてきた男なんだろう:結果、奥さんにも愛想をつかされたんだろう。。。と想像できる情けない男が、少年に付き合っているうち次第に愛情(人類愛のこと)を見つけ出していく、って姿をランドンが良く演じてる。
そして、この点が当映画が封切り時話題になった一番の要因だと思うわけなんですが、フランスには「違法滞在者を助けると、罰金および最長5年の懲役」が課されるというトンデモナイ法律があって、さすが実刑判例はないようですが、たとえばボランティアで、難民たちの携帯電話のバッテリー・チャージを自宅でしていた女性が実際に警察署に拘束・尋問されている。
映画内でも、尋問をおこなう刑事役の Olivier Rabourdin が、《執務に過度に忠実な公務員》をきわめて説得力ありに演じてる。
もちろん、ジャングルと呼ばれる難民たちの隠れる茂みや、ボランティア団体が警察のいやがらせを受けつつも続けている波止場での給食活動、スーパーからガードマンに追い出される難民たちの姿や、難民拘置所で難民たちの手に油性フエルトペンで書かれる数字などが、淡々と映し出される。
反面、ビラル少年を演じるフィラット・アイヴェルディの無邪気さが、ことによればこの作品が暗いばかりの映画になってしまう危うさを救っているし、思えば物怖じせずに自然体ではじめての映画出演をこなしてしまうというのも、17歳という年齢のなせる業(?)なのでありましょう。3ヶ月イラクから歩いてきた割にはいい身体しすぎ、、という気もしますが、そこはそれ、シネマなんで良しとしましょう。
なお、カレにあったかつて赤十字が開いていたサンガット難民収容所は当時内務大臣であったサルコジの要請で、たしか2003年に閉鎖されております。
また、タイトルの《Welcome》は、シモンを警察に密告する隣人宅アパートのドアの前に敷かれた玄関マットに書き込まれている文字なんです。
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いつもの本文とは関係ない話:先週行われたストとデモでは、期待されていたとおり、全国で200万から300万人がデモに参加、危機に向かう仏政権の対策と、引き続いて決行中の改革への反対を訴えました。しかし、政府サイドはまたしても「国庫はカラ」という話を久しぶりに持ち出し、まったく反応せず。TEPA 法(リンク先は仏ウィキ)と呼ばれる、2007年夏の減税法の撤回を求める声が強く上がっていますが、サルコジの辞書には譲歩という言葉はないのでしょう。
なお、今回の経済危機をストラス・カンは「大不況/grande récession」と形容しています:"Nous sommes entrés dans la Grande Récession", selon DSK
猫屋さん
フィリップ・ノワレは去年か一昨年当たり亡くなったし、俳優では、、
地下鉄のザジに出てました。(古いのしか知りまへん)
welcomeの監督は、フィリップ・リオレかと。
ではでは。
投稿情報: みみみ | 2009-03-24 04:57
ありゃりゃ、書き終わって直してる最中なのにもうみみみ氏。。。え、ホントだ、ノワレはみごとに死んでます。単なるタイプミス、即直す。。。
投稿情報: 猫屋 | 2009-03-24 05:06
猫屋さん、スンマソン。
ピンポンダッシュみたいなことしてしまいました。
welcomeちょっと気になる映画なんですけど、
多分、私の住んでおります市まで来ないだろうなあ、、
隣の市では、いい映画館があるんですが、変則上映で、
ほんの一週間ぐらいで終わったりで、、
実は田舎にきてから映画見てない!!
いつも、猫屋さんの映画記事を読んで、よだれたらしてます。
もう一つ、田舎にきてから泳いでない!!!
泳ぎの記事読んで、ぶくぶくしてます。
投稿情報: みみみ | 2009-03-24 12:07
いやいや、なんのその。
直接サーバーのところにぐちゃくちゃ書いて、そうは見えないだろうけど、アップしてからかなり文章なおして、また調べなおして、書き足して、またまた文章構成変えて、とか遊んでるんで、間違い・テニヲハの消し忘れとか多いし、恐怖の文章消滅現象もあるんだけど、ワードで別に書いてってのも面倒くさいくて嫌。。。ハイに文章書いてるときはこまめなバック・アップ/保存を忘れるしさ。で、だいたい翌日にまた直したあたりのが、まあまあマットウなものになってます、はい。
アタクシはたまたまパリの暇人なんで、昼前の安い(6ユーロ)上映で見られる。大都会ってのにはメリットもあるのだ。
あとは、DVDでって手もあるけど、ちょっと違うしねえ。このWelcome だってプレスが取り上げなければ私も無視してたでしょう。食わず嫌いで、見逃した作品も多いんだろうとは思う。たとえば黒沢のTOKYOソナタは、封切りされた時風邪引きで、今見ようと思ったらどこでもやってないです。
実はアタクシも水泳サボってて、筋肉がやせちゃった。春だし、パニクッた方がいいのかも。
投稿情報: 猫屋 | 2009-03-24 14:40