Un barrage contre le Pacifique が正確なタイトルである。
マルグリット・デュラスが1950年に出版した同名小説をベースに、現在パリ在住のカンボジア人映画作家 Rithy Panh(1964年プノンペン生まれ、ポルポトによる虐殺をめぐるドキュメンタリー、S21, la machine de mort Khmère rouge などを制作)が監督している。
プレスでの評価はかなり厳しくて、一瞬躊躇したんだが、それでも観にいくことにしたのは、デュラスの該当小説を20歳の頃に読んでいたことと、監督がプノンペン生まれのカンボジア人、つまり旧インドシナ出だと言うこと、そして母親をイザベル・ユペールが演じているからだった。
マルグリット・デュラスは旧フランス植民地インドシナで生まれた。デュラスの母親は元教師で、インドシナの子供たちにフランス語を教えていたが、夫の死後子供たちを抱え映画館で無声映画用ピアニストをやったり、やがては海沿いの土地を借り受けてコロニー経営に乗り出す。けれどモンスーン、つまり台風の季節になると海水がその土地を覆い塩分のせいで米は育たない。母親は、その太平洋に対抗して防波堤を築くと言う計画を立てる。
そういったインドシナ植民地での体験をもとに書かれたのが(アタクシが覚えている)デュラスの小説「太平洋の防波堤」の内容です。「静かな生活」と並んで、デュラスの最良作だと個人的には思っている。
そして、デュラスを通して小説を読み始めたというプノンペン生まれの映像作家リシ・パンがこの小説「太平洋の防波堤」とずっと後に書かれた「L'Amant」を元に映画を作ったわけです。
主要登場人物は母(イザベル・ユペール)、息子ジョゼフ(ガスパール・ウリエル)、娘スザンヌ(=デュラス、新人のアリトリッド・ベルジェス-フリスベイ)、ムッシュー・ジョー( Randal Douc / ランダル・ドウク)。
今までにもあった植民地を舞台とした映画、たとえば「カサブランカ」や、「アウト・オブ・アフリカ」にあったような感動をこの映画に求めてはいけない(カトリーヌ・ドヌーヴ主演の「インドシナ」はちゃんと見ていないから比較できない;これを機会にDVDで見ようと思う)。
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映画を見てから、いろいろ批評も読んで見て、なんとなくやっと納得できた。
監督が、そしてイサベル・ユペールがスクリーン上に焼き付けたかったのは、アジアの自然;つまり熱帯雨や台風や子供やジャングルや病気、あの湿気やそして何よりあの時間の流れ方なんだと思う。
母親の狂気、つまりフランス語原題の『太平洋に抗う防波堤』を作ろうとする“狂気”は、当局、つまり母親に耕作不可能な土地を売却した植民地政策の狂気/暴力という歴史・地理的枠内では、個人レベルでのパラドクスを抱えた母親の“正気”だったのだ。
押し寄せる海と戦い、植民国フランスの汚職政治の官僚主義と戦い、自らの病気と闘う母親の姿には、コロニアルのメランコリックなロマネスクが入り込む余地がない。
植民者たちに土地を奪われ、反抗するすべもない“現地人たち”の“運命”も、この映画は追っている。母親が死んだ後、息子は自分のライフル銃をカポラルと呼ばれる侍従に譲与するんだが、この武器は、それからやってくるインドシナの長く辛い歴史を暗示する。
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バンガローのまわりや田で、シルクのワンピースを着て野良仕事に当たるユペールは限りなく美しい。カンボジアの子供たちのしぐさも美しい。ガスパール・ウリエルは“白人”の『野生の美しさ』をよく演じている。
つまり、これは美しい映画であった。
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最後のシーンは『?』と思ったんだけど、関連記事を読んで納得。
監督はカンボジアにあのバンガローを借受け、5年かけて周辺にマングローブなどを植えつけたとか。。。それは、実際にマルグリッド・ディラスの一家が住んでいた近辺で、今でも年寄りたちは家族のことを覚えていたそうだ。母親の守った田んぼは、白い婦人の田と呼ばれ、今でもそこで米が作られておるそうな。
なお、現在その周辺ではリゾート・ホテル建築が外国資本で進められているとのことだ。
参考記事:OBSから Le Cambodge, de Duras à Rithy Panh
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