現在猫屋亭積読書庫にあるこの本は、《歴史とはなにか》 のE.H. Carr の著作。欧州での開戦宣言が出される直前の1939年7月に出版されている。ソヴィエト専門だった元外交官にしてジャーナリスト・歴史家カーが、(私の想像では)かなり emergency な状態(当初は新聞掲載)で書いた文章であります。
《歴史とは、、》の方は清水幾太郎の名訳があり、私も現本と訳本を時々比べて感心する。クリントンの愛読書リストにも入ってますね。
しかし、《20年の危機》は難しい。2003年だったか、某巨大掲示板でこの本を読む企画がありまして、私は当時アク禁を食らっていたにもかかわらず、参加者の皆さんのご好意で他掲示板に書いた文章をコピペしてもらいながら、一時期参加させてもらった。残念ながらこの試みは、元文章の困難さもあり立ち消えになったけれど、大変楽しい経験でありました。
蛇足になりますが、もともと優れた英文読みでも、ましてや歴史本読みでもない猫屋は、原文をまず翻訳エンジンで仏語化して読み込んだ。文章内関係代名詞など、仏語に直した方が意味明確になる場合があるんですね。アイロニカルな表現も多いし、そのぐらい込み入った文章です。たしか、日本語訳も一度出版されたが、何時の間にか消え去っているようです。
実際に私が読んだのは、240ぺージ近い本書の70ぺージにも満たない。けれど、カーの絶望しつつも書き進む、リアリズムと理想主義が互いに位置関係を変えていくという図式を取りながら、西欧の思想・政治・経済が“歴史”を突き進んでいくありさまへの批判解読は、難解ながらもエキサイティングな経験でありました。
なぜ、この途中しか読んでない本書を今思い起こしてるのかと言うと、この著書に書かれた、アングロ・サクソン型資本主義がいかに市場拡張を必要とし、その限りにおいて米国ではフロンティアという植民行為に至ったか、なぜウィルソン理想論が現れそして失敗するのか、などが極めてシャープな形で示されておるからなのでありますね。こういったことは、他の多くの歴史家がすでに書いているのだろう。が、地政学国際関係論のはじめともみなされるこの《20年の危機》、リアルタイムで書かれた文章の抱える危機感に、いまさらながら驚くわけです。
ここで原文第四章が読めます。
たぶん、HDに残っているだろう訳文に読めそうな部分があったら、後日拾ってみたいです。
なお、私の持ってるのは2001年に印刷されてるペパーバックス版。表紙写真はヒトラーとその取り巻き(1935年3月17日)。仏語訳も出ていません。以下は目次、
The Twenty Year's Crisis, 1919-1939 by Edward Hallett Carr
An Introduction to The Study of International Relations
TO THE MAKERS OF THE COMING PEACE
Part 1
The Science of International Politics
1.The Beginnings of a Science
2.Utopia & Reality
Part 2
The International Crisis
3.The Utopia Background
4.The Harmony of Interests
5.The Realist Critique
6.The Limitations of Realisme
Part 3
Politics, Power & Morality
7.Nature of Politics
8.Power in International Politics : a)Militaly Power b)Economic Power c)Power over opinion
9.Morality in International Politics
Part 4
Law & Change
10.The foundation of Law
11.The Sanctity of Treaties
12.The Judicial Settrement of International Dispututes
13.Peaceful Change
Conclusion
14.The prospects of a New International Order
というわけで、約240ページでギリシャに始まる欧州思想を全部カバーしてます、凄い勢いで。読んだのは第四章の部分と五章の初めだけですが、レッセ・フェールがどうやってドミナントになったかとか、ダーウィンの研究がどうやって支配階級の役に立ったかとかの分析はスリリングです。この人の読みの続きで言えば、対テロ戦争は資本主義ロジックが必要とする市場拡大から演繹された帰結となるのかな。いや、これは蛇足。また上記原文URLのところではいろんな文献が見つかりますよ。(もちろん、読んでないけど。)
紹介してもらった4章だけ見ましたがそうとうに面白そうです。そういえば、この時代のことは、ドイツや日本の現代史の枠組みの中で、全体主義の歩みを追うといような感じの記述に付き合うことが多く、経済的ファクターもその中で捉えるのに慣れっこになっていることに気がつきました。
話変わって、自分のところのネタになりますが、ジジェクって日本で超有名なんですね。例の訳の反響の大きさにあらためて実感しました。実は彼のデビュー作をたまたま買ってぱらぱらとだけ読んだことあるのですが名前も半分忘れかけていて、日本語でブログをやるようになってから頻繁にみる名前と、しばらくたってからつながりました。
投稿情報: fenestrae | 2006-01-12 23:14
20年の危機、今読み返していたところです。本当に面白い本です。でも文章に捩じり技が多いんで、自分流に訳しながら読みました。本来なら翻訳されていい本なんですがね。また他の章にはプロパガンダを扱っているところがあるし、38年の時点でカーはナチス・ドイツの本質を実に見事に読み込んでいます。どうも、欧州がどんどん大戦というブラック・ホールに引き寄せられていく状況に怒ったカーが、新聞かなにかに掲載した文章のようです。怒れる男の文章です。←猫屋読み。
あとジジェクは本当に哲学界のロック・スターなんですよ。モデルと結婚したようです。スター・ウォーズやマトリックスを哲学読みしたり、ラカンを媒介に美味い理論展開を見せる(こともある)。欠点はマンネリ現象。米国で学生対象でしょう、売れて日本に入った。フランスでも何冊か紹介されてますが、英語からの翻訳です。ただフランスの大学にいた時期もあったはずで、フランス事情も多少は知っているはず。ヌーベロプスの1ページ紹介で知りました。長所は元気のいいところ、です。
カーにしても、ネグリにしても(ジジェクにしても)、英語で流通した著者をフランス文壇は無視する傾向があって、これは残念です。カーについていえば、調べてみたらシヨンス・ポーが一部授業で使ってるぐらいで、あとはほとんど知られていません。英国でも、純粋なアカデミー大学人ではないし、アカとして批判されたりもしたようです。“歴史とはなにか”は日本の歴史科では最初に読まされるんじゃあないかな。スティグリッツとともに、2chのおかげで知った著者です。
暇なんで、20年の危機の目次エントリ・アップしてみます。
投稿情報: 猫屋 | 2006-01-13 00:22
ハーグのハル氏がこの本のことを書いてたので、ググって見たら自分のブログにたどり着いた。しかしタイトルがどうしても正解の『危機の20年』ではなく、わが頭には『20年の危機』と刷り込まれているのはモンロー女史の出演した映画のせいであろうか、、、。でも 's ってのの解釈は難しい。『の』というのも難しいよね、と2年前の自分にコメント出してみる。
投稿情報: 猫屋 | 2008-06-21 12:15