さてお持ちかねの、映画 《Brokeback Mountain》 猫屋評であります。と言ってもお待ちになってる方がそう数多いわけではないですが、、まあ。
一緒にこの映画を観にいったガールフレンドK夫人は、映画館を出てすぐ『バカだよねー。好きなんだったらトットとどっかにランチ買っちゃって一緒に住めばいいんだよ。アメリカ映画はやっぱりハッピーエンドじゃなきゃ。こんな最後はかわいそうじゃん。』 と過激な発言。ちなみに東京でイイトコのお嬢さんだったご夫人は大恋愛の末パリでアフリカ出生某アーティスト(美男なり)の奥さんやってる人であります。んー、説得力ある。
私が最初思ったのは、なんかガス・ヴァン・サントの作った変な映画 Gerry に似てるかな、ということ。台湾系米人監督 Ang Lee のようにクラシックな映像ではなかったですが、やはり広大な米国の自然の中でマット・ダイモンとケイシー・アフレックがさまよい歩く映画。結局2人のうち一人は砂漠で死んでしまうという、ストーリーはそれだけで『ホモセクシャリティ』は表立っては出てきません。けれど合衆国の荒々しい自然とその荒野にそって走るハイウェイのコントラストは同じ構図。
話の流れも、映像も会話もきわめてクラシックにきちんと構成されていて、これはリー監督の手腕かと思います。途中でTVシリーズ『ER』でシングルマザー看護婦さん役やってるLinda Cardellini が『私、看護婦になろうと思うの。』なんて言っちゃうところは、ありゃなくてもいいシーンで、ちょっと20年の年月を語るところが長すぎる感はある。カウボーイ・ゲイという新手のテーマさえ無視すれば、あくまでクラシックによくできたメロドラマです。
『恋愛物語は無残に終わる、大体の場合、、』とか歌ったのはリタ・ミツコでしたが、たしかにトリスタンとイズー、ロミオとジュリエットにしても、秘密が恋を募らせるのか、恋が秘密を引き寄せ挙句は恋人を死に追いやるのか。単に“幸福”にたどり着いた恋は“生活”のなかで当初の輝きを失ってしまうだけなのか、、とにかくこれはひとつの課題でありますが、“なんでもあり”の現在時点においては、ゲイを持ってこないと純愛が描けない、おまけに監督は台湾のヘテロの人、出演俳優もヘテロというのが状況をよくあらわしているな。
さて、60年代のゴリゴリ保守なワイオミングで、ナショナル・パーク内でひと夏の間羊の群れを不法放牧させるため、2人の貧しい若い衆が雇われる。この2人を演じるのが、Heith Leder と Jake Gyllenhaal 。夏が終わるまでは山を降りてはいけないんですね。この山の名がブロークバックなんですが、このオープンエアーのユイクロ(隔離状態)で貧しさと孤独を共有する2人の若い男がしだいに心を交わしていく。そしてある吹雪の夜に極めて荒々しいやり方で、2人は結ばれてしまうんですが、この行為自体が彼らの本当のホモセクシャリティの開示・開放(delivrance)であるのか、あるいはエマージェンシーな状況が引き起こしたアクシデントなのかをこの映画は教えてくれません。ただ、契約が終わる以前に山を降りた2人は、それからそれぞれ家庭を持ち、子供を持ってそれぞれの生活を送るわけだが、ワイオミングとテキサスに離れても、釣りや狩りを口実に20年間の間逢瀬を重ねる。そういう話だ。
オーストラリア出身のヘイス・レジャーは映画《グリム兄弟》では、ジョンレノン風めがねでマット・ダイモンの弟役をやってましたが、この映画でびっくりしたのは彼の話し方。ジョニー・キャッシュやジョン・ウエインのあの潰した声です。かなりなヴォイス・トレーニングをやって、唇を閉じて話す、というかあくまで口を閉ざして物を言う時もきわめて苦しそうに語る閉じられた男をよく演じています(この人のせりふはほとんど聞き取れなかった)。このイニスという寡黙な男の奥さん役が Michelle Williams なんですが、彼女は2人の男の秘密をたった一人で引き受けちゃうというかわいそうな役どころ。本当に同情しちゃいます。でもこの2人、この映画で出合って今はご夫婦だからいいか(?)。
もうひとりの男優ジェイク・ギレンホールは、私はまだ見てないけど湾岸戦争を扱ったJarhead にも出ている、眼がポイントの男。フランスの雑誌『TETU』のピンアップにも出てきそうな感じですねえ。余談ですが雑誌のインタヴューで、カマられるシーンはどうでしたか?と聞かれて『いやだったけど、潜水するときの感じで息詰めてイッキに演じた。』とか答えてた。
ちなみに米国ではこの映画、話題になったおかげでしょう、当初心配されていたボイコットもなく親同伴なしの17歳以下禁止だそう。一般観客を想定して作った最初のハリウッド・ゲイ映画ということか。オスカー取るだろうと私は見ます。監督・主演男優×2・助演女優・音楽、、、いくつ取るだろうか、これは分からない。
話は少し外れますが、スキーに行ったフランスの村とその周縁、夏にも出かけたことがあって山を横切る数千の羊の群れにトレッキングの途中で出会った。山中羊だらけ。でも、アルプスの山の男達は寡黙で頑固ではありますが、あれほど暴力性を秘めてはいない。(おなじカウボーイが冬はスキーのインストラクターやってたりするんですね。) これは、単なる猫屋の考えですが、合衆国の持つ歴史と宗教性に関した事柄かと思います。
どこかのフイルム・レヴューにも書いてあったけど、これは観たあとジワジワ来るタイプの映画なんで、今度会った時K夫人にもいちど感想を聞いてみようと思う。思い起こせば、禁断のパートナーを見る2人の男の眼の切ないこと・・・・。こういうデリケートな細部の扱いは、小津安の流れを汲むアジア系監督の技でしょう。
なお、調べててわかったんだけど、シナリオライターのテキサス人Larry MacMuryはあの(とは言っても大昔の映画で知ってる人は少ないだろうけど)The Last Picture Show (1971)書いた人だ。がーん。写真家の友人に勧められて観て、すっかり入れあげた映画です。また、このシナリオを90年代のおしまいに上にも書いたガス・ヴァン・サントが映画化しようとしたけど(彼はすでにレズビアン・カウガール・ウェスタン/Even cowgirls get the bleus を95年に撮ってる)、これはゲイ・カウボーイ役を引き受ける俳優が見つからず現実化しなかったんだそうであります。数年後、リー監督がそれを可能にしたわけである。
と言うわけで、今回の採点は★★★★
またこのエントリ・タイトル『ブロークバック・マウンテンの秘密』はフランスでの公式タイトルでもあります。さて、最後のネタバレ:初めての愛の夜の翌日、寡黙なイニスはジャックにこう言うんです、“I ain't no queer./俺はホモじゃない。” ジャックが死ぬまで、イニスが自身に対して拒否し続けたこの“愛”こそが、ブロークバックマウンテンの本当の秘密なのだとも言えるでしょう。でも、さっき気がついたけど米国版ポスターに書いてある《 Love is a force of nature 》 これってもろ、クサクない?ちなみに左のが仏版ポスターです。