新刊紹介、って去年の9月に出た本である。しかし、日本から直輸日本本を本屋で買えば原価の少なくとも3倍するここでは、まだまだ立派な新刊なのだ。春樹大ファンの某友人に聞いたが、まだ読んでいなかった。村上春樹の本は79年の群像賞をとった時点から読み始めた。その2・3年前にデヴューした龍のほうは、雑誌群像で《透明にちかい、、》を読んでいる。私がまだ、ほんものの“文学少年” だった頃の話だ。この両作家の作品を、全部とはいえないにしろ読み続けているのは、好き嫌いというよりも一種の確認作業といったところがある。何を確認しているかは、ちと微妙だな。時代の流れ方であり、日本の流れ方であり、自分の流れ方の確認か。そんなところだ。
もう一冊これから読む小川洋子も同様だけれど、村上x2の多くの小説が仏訳されていて、かなりいい線の読者が付いていることもある。(龍よりは春樹、が受けてる気がするが) 読んでないと話しに乗れない場合がある。何年か前、春樹本英訳物(仏語版より早く出る)を探しに行ったパリのHS(英本屋)で売り子の若い女の子と、なかなか楽しい会話ができたのも春樹様のおかげであった。
15年ぐらい前には、初対面の仏人との会話でやたらと、ミシマとカワバタとクロサワが出てきて困った。ミシマは読んでいたからいいようなものの、カワバタは学校の教科書に出ていた文章しか知らない。クロサワはこっちで学んだ。小津安二郎もそうだ。 話を元に戻そう。マンガは別枠においとくとして、現在のフランスで最も知られる日本人は村上御三家と言うことになるだろう。春樹・龍+かわいいの村上隆だが、なんかこれ偶然だろうけど、村上さんって日本にそんなたくさんいたっけ? おっと、話がずれる。ああ、北野と宮崎を忘れてはいけない。日本もメジャーになったもんだ。海老蔵もパリ公演しちゃうし。
さて、本題のね式書評、というとなんかえらそうだな。訂正、たんなる読後感想文です。
《ねじまき鳥クロニクル》がこの作家のトップだったんじゃないか、というのが読後の第一感想。この先、もっと先に行けるならそれはそれでいいが、そうじゃなかったらもう書かなくてもいいんじゃないか、この人、と思った。あるいは、少年少女文学専門と割り切ってるんだろうか。それはそれでいい。あとは具体的に思ったところを過剰書きにしてみる。
・文体 きしきしに乾いた節約した文になってるが、その割には春樹調のいらない、あるいはまわりくどい形容が多い。とくに眠れる美女エリに関する描写ページは読みにくい、というより読み飛ばした。若いヒト、高橋やマリが出てくると動きが入るから若干救われるが、あの春樹形会話術を漫才してしまう、つまり2者同スタイルで流暢に会話が成立してしまうので、つまらん。ズレがない会話は面白くない。また、カタカナが多すぎるのも文体の渇きを強めている。
・メタファー? 眠るエリ部分はメタファーとしても面白くない。昔はよかった、になってしまうが、羊男の棲む空間の闇にはもっと奥行きがあった、つまりストーリーがあった。あるいはこれ、テレビ(リアリティーショーTVとか監視テレビとか)の、あるいは1984みたいな管理社会のアレゴリーなのですか。小説なんだし、意味や必然なんてなくてもいいが、面白くなくてはダメだとおもう。だいたい眠り続ける娘の話は、吉本バナナがすでに書いている。
・個人的オブジェクション 高橋が〈タコ〉と形容する司法制度(あるいは権力)なんだが、たぶん“オーム事件・裁判”を通して、まあこんなとこに春樹はたどりついたんだろうが、これはなんかなー、である。高橋クンのことば=春樹クンのことばと即考えるのはオミットすべきかもしれないが。春樹氏が(たぶん)希望するように、この本がカラマーゾフのごときシリーズものに発展する可能性もあるんだからなんともいえないが、あの海底二万マイルの〈タコ〉のごとくうねるのは、〈人間の本性〉でしょ、とほぼ老人の私は考える。読了してはいないが、埴谷雄高を読んだ人間としては、そう言いたい。
・人称(一人称から三人称へのシフト) コンピューター悪男〈白川〉を描くには三人称が必要だったかもしれない。でも、元来の春樹流フルイッド/流れ性がこれでは止まってしまう。結局、ある意味三島に近い、ストーリーテラーとしての春樹の持ち味が相殺されてしまった観がある。
総論 上に書いたが、青春文学作家として自分を位置づけているのかもしれないな、この人。妹が姉に口づけするトコなんかは必然性ないじゃん、漫画的効果ねらいかね、と感じた。というか、作者自体が思春期から出られないタイプなのかもしれないが。『海辺のカフカ』では、それでも少年が林を通り抜ける場面は良かった。(後日、米映画 The village を見ながらこの本を思い起こした ) 今作には残念ながらそういった、読後に残る強いイメージがない。一応私はファンなのである。次作に期待したいと思う。
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